2008年12月26日金曜日

エル・システマ/シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ


ベネズエラの青少年育成プログラムのエル・システマをご存知でしょうか。

http://fesnojiv.gob.ve/es/inicio.html

※スペイン語のサイトです

これは、青少年を対象にクラシック音楽を学ぶプログラムを提供することによって、青少年の人材育成を行う国を挙げてのソーシャルプログラムであり、33年前に発足した。

このプログラムを受けた子どもたちの選抜チームがシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラであり、同プログラム卒業生で世界的に有名な指揮者グスターボ・ドゥダメルも輩出している。

先日ドゥダメル率いるSBYOが来日しており、たまたま、公開リハーサルを見に行けることになり練習風景を見ることができたのだが、オーケストラのパワフルなこと!

指揮者のドゥダメルもオーケストラのメンバーも若くて、そして楽しそうに演奏に没頭しているんです。

リハーサルでは、プログラムにはない「君が代」を演奏してくれるなどのサービスもしてくれたり。

何より驚くべきなのは、やはり彼らが国が出資するプログラムによってプロ顔負けの演奏をこなすこと。

おそらく、オーケストラのメンバーは、家の経済状況や住んでいる地区、肌の色に関わらずみな同じプログラムを受ける機会の平等を与えられており、その中で真に勝ち抜いた先鋭達であることがとても希望を感じさせてくれるのです。

例えばベネズエラにスラム街があるかは分からないけれど、貧困地区に住む人も超金持ちの子どもも同じように一緒に演奏しているんです!それってすごいことだと思いませんか?

若者には、みな同じだけの可能性がある、そしてそれを活用する機会は平等なんだよ、とこのプログラムを通して国中の子どもたちが同じように感じることができたら、なんてすばらしいんだろう、と世界の明るい未来を見た気がしました。

こんな本も発売されています。

参考資料

日本・ベネズエラ音楽交流支援委員会『~オーケストラは子供を救う~青少年人材育成システム「エル・システマ」ファクトシート』2008年11月

2008年11月15日土曜日

横浜トリエンナーレ


行ってきましたよ、授業で見ておいで、って言われたからねー。
http://yokohamatriennale.jp/

うーん、なんかいまいちでした。爆

横浜である意味が分からなかったのと、作品もなんだかそこにある意味が分からなかったというか、なんというか。
なんか、立地にしろ建物にしろ、そのよさがぜんぜん生きてなかったな。
日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)は、建物自体がいい味出してました。

メイン会場の3つの展示を見ただけなので、おそらく今回のトリエンナーレのライブ感みたいなところはぜんぜん感じられてないんだろうけど、それにしてもあんまりぐっとこなかった。




それから、とある作品から感じたことなのですが、「なんかちょっと手抜いてない?」と、思ってしまうものがありました。
もちろん、すべての作品がそうだとは思わないけれど、一つだけでもなんだかそういう雰囲気をかもし出しているものを見ると、萎える!!!




個人的には、みなとみらいとかで誰かとデートしたほうが思い出に残る風景を見れるなぁ、と思ってしまった。笑
公園で一人で物思いにふける時間も最高だったけどね。




ちょっと気になったアーティスト

● Peter Fischli & David Weiss
http://another29.exblog.jp/8648665/

映像作品。作品を撮った場所が好きだった。

● 中西 夏之
http://www.scaithebathhouse.com/ja/archive/artists/Natsuyuki_NAKANISHI/

純粋にきれいだなぁ、と思いました。
色使いとか、模様とか、ツボ。

● チェルフィッチュ
http://chelfitsch.net/

舞台作品。
こういうのすごい好き。




あと、メモ。

ぐろてすくなのってついつい見入っちゃうけど、そういう映像ってそれ自体は珍しくないから、メッセージが実はうすくなってしまうんだなぁ、なんて思いました。




2008年10月18日土曜日

『アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち』


http://www.mori.art.museum/contents/annette/index.html

てんと行ってきた。
(そのあと、容疑者Xに行きました。)

思っていたよりも、数倍ぐらいおもしろくて、好きな展覧会でした。
おすすめです。

実はアートマネジメントって授業の先生が森美術館の館長さんで、夏休みのレポート優秀者にアートグッズを持ってきてくれたんだけど、そのグッズというのがこのメサジェの展覧会のパンフレット(2,600円)とわけわかんないエコバッグで、パンフレット2冊の争奪戦に負けたのでわけわかんないエコバッグをもらう羽目に。。

実際に来てみて、メサジェのパンフがよかったよぅ、とまたなんだか思い返してしまったのでした。

そして、美々のてんに解説してもらったら展覧会のことがなんだかちょっと深くわかったのでした。




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2008年10月8日水曜日

京都の写真


京都で撮った写真をアップしまふ。



↑町屋の入り口はこんな感じでした。



↑また違う町屋の中に書かれたペイント。
町屋のくすんだ色にとてもよく似合う。




↑東福寺の枯山水。



↑同じく東福寺のお庭。
こけの中に、石が碁盤の目のように抜けている。

とってもモダンな感じ。一番お気に入りのお庭。






2008年10月3日金曜日

「構わずあなたでありなさい」




マザーテレサの言葉を引用します。
ゼミのMLで紹介されたものです。



しばらく前に流れたものですが、なぜかふと思い出され、読み返してみたのです。






今日は、非常にストレスフルな日で、私は人を信じたことを後悔しました。
家に帰ってから、涙が止まらず、どうやって復讐しようか、どうやってこの怒りを伝えようかばかり考えていました。






でも、それはやめます。



そういうことを考えている自分がすごく嫌いだからです。
それが、私の心の声だと思います。



彼らは変わらないのです。
すでに起きてしまったことを、変えられるのは私の感じ方だけです。






人は不条理で自己中心的なものです。

構わず、彼らを許しなさい。


あなたが人に親切にすると、

人はあなたの偽善を責めるかもしれません。

構わず、親切でありなさい。
あなたが正直であれば、

人はあなたを騙すかもしれません。

構わず、正直でありなさい。


あなたが幸せだと、

人はあなたを妬むかもしれません。

構わず、幸せになりなさい。


この世界に、あなたの持つ最良のものを与えなさい。

それは十分ではないかもしれません。

構わず、あなたの最良のものを与えなさい。


今日あなたのしたよい行いは、

明日には忘れ去られるかもしれません。

構わず、よい行いをしなさい。


あなたにもわかるはず、

結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。

あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです。


マザー・テレサ


People are often unreasonable and self centered.

Forgive them anyway.


If you are kind,

people may accuse you of ulteriormotives.

Be kind anyway.


If you are honest,

people may cheat you.

Be honest anyway.


If you find happiness,

people may be jealous.

Be happy anyway.


The good you do today

may be forgotten tomorrow.

Do good anyway.


Give the world the best you have, and it may never be enough.

Give your best anyway.


For you see, in the end,

it is between you and God.

It never was between you and them anyway.


Mother Theresa





2008年8月19日火曜日

Book Log: 東方巡礼


アマゾンにもない本で、新宿区の閉架書庫にあるものをわざわざ取り寄せて読んだ「東方巡礼」。
きっかけはシンクロにシティという本で言及されていたこと。

久々にきちんと意味が理解できない本だった。
読みながらも、読み終わってからも腑に落ちない感覚が残る。

こういう意味の判然としない本でも、最後まで読みきって頭のどこかに置いておくという術を持っている人間の忍耐力と記憶力はすばらしいと思う。

こういう本は、大抵、いつか、何年後か数週間後か分からないけれど、いつか思い出すことになる。
ふと、あ、これがあの本で言いたかったことなのだ、と。

それを待つしかない。

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芸術のつくった人物がまぎれもなく活気を持っているように見えるのに、芸術家自身は往々半分の人間に過ぎないように見えるのは、一体どうしたわけか、と私は召使レーオに尋ねた。レーオは私の問いかけにけげんそうに私を見つめた。それから腕にかかえいていたむく犬をはなして言った。「母親も同じことです。母親は、子どもを産み、乳と美しさと力を子どもに与えてしまうと、自分自身は目だたなくなり、もうだれにも問題とされなくなります。」




「だが、それは悲しいことだ」と私は、格別たいして考えもせずに言った。




「それだって、他のすべてのことより悲しいわけではない、と思います」とレーオは言った。「たぶん悲しいでしょう。が、美しくもあるのです」




「法則が?」と私は好奇心をそそられて尋ねた。「どんな法則なのさ、レーオ?」




「奉仕する法則なのです。長く生きようと欲するものは、奉仕しなければなりません。支配しいいいいようと欲するものは、長生きしません」




「それならなぜ多くの人が支配しようと努力するんだろう?」




「知らないからです。支配するように生まれついている人は少数です。そういう人たちは、支配しても楽しく健康でいられます。ところが、ただ野心をもって努力して支配者になったものは、みな無に終ってしまいます」




「どんな無に終わるのさ、レーオ?」




「例えば療養所で」

高橋健二訳『ヘッセ全集8 知と愛』新潮社版、1982年 p247




像の内部で何かが動くのが、ゆっくり、かぎりもなくゆっくりと、南無っているヘビが動くように、動くのが見えた。そこでは、何かが起こっていた。非常にゆっくりと穏やかではあるが、絶え間ない流れか溶解のような何かが起こっていた。しかもそれは私の似姿からレーオの像へと溶け込むか、流れこむかしていた。そして自分の像がますますレーオに傾き、流れ込み、彼を養い強めようとしているのを、私は悟った。時とともに実体はあげて一つの像から他の像へ流れ移り、ただ一つの像だけが残るだろう、と思われた。すなわち、レーオは大きくなり、私は小さくなっていかなければならなかった。

同 p280-281

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2008年8月11日月曜日

Exhibition Log: ルオー大回顧展


ルオー大回顧展に行ってきた。
帝劇の横に美術館があるなんて知らなかった!!

実はルオーの絵をルオーの絵だと認識しながら見るのは初めてだったし、宗教画を書いている人だということも知らなかった。




お気に入りは、青のモノトーンで書かれたキリストの顔。
正面からみつめるその顔には、青という色とは対照的に慈愛に満ちていた。
と、私がそう思っただけだけど。




あとは、一連のPassion(受難)の絵はその量に圧巻だった。

Passionと言うと情熱というよりも、先に受難が思い浮かんでしまうのはまったく七面倒くさい思考回路ではあるが、たまに思うのはPassion(情熱)を持つことはPassion(受難)だな、と。

そうまりこも言っていたけど、一番楽なのは、テレビを見て何も考えていないときだ、と。
何かを情熱を燃やすとき、何かに魂を込めようとするとき、それは人に与えられた受難でもある。

イエスはゴルゴタに向かうとき何を考えたのだろうか、
自分の使命をうらんだだろうか、理解を示さない人に対し怒りを覚えただろうか。

答えは否、だと思う。

彼は、人を愛していたために自分の示すべきものを信じ、同時に人も信じていたと思う。
愛という言葉を使うと一気に危ない雰囲気が漂うので、他の言葉を探さなければ、、と思う今日この頃。




2008年6月23日月曜日

『夏祭浪花鑑』


夏祭浪花鑑という歌舞伎を見てきました。
歌舞伎好きの友達がいて、舞台が好きだって話をしたら、一緒に行こうと誘ってくれて、初歌舞伎。

内容は、任侠っぽくて、へ?って感じだったけど、役者の動きはさすが、という感じ。
演出もこっていて、最後には本物の車が登場する始末。

ストーリーよりも、役者だったり、舞台の粋な演出に昔の人は集まったんだろうなぁ。




で、一番驚いたのが休憩時間にお弁当買ってみんな食べるんだけど、舞台が再開しても食べ続けていいこと。
これが、日本の歌舞伎なんだぁ、と思うと、なんか昔の人って、おもしろい舞台見ながらおいしいもの食べて、うらやましくってしょうがない。
至福の極みでした。




まえみぃ、つれていってくれてどうもありがとう!

2008年5月29日木曜日

『英国美術の現在史:ターナー賞のあゆみ展』


森美術館でやっている「英国美術の現在史:ターナー賞のあゆみ展」に行ってきました。

現代アートを年代別に並べるって試みがおもしろい!
80年代前半のものは、確かに現代アートなんだけど、一昔前という感じがするんだよね!
先入観かもしれないけど、本当に時代の移り変わりかもしれない。

物質も、時代の流れには逆らえないのかな??
それとも、そこに反映された人の創造性やそのときに持っていたイメージが時代の影響を色濃く受けているのかな??

あと、自分的には英語の教科書で以前読んだ、デミアン・ハーストが見れてよかった!
ああいうぐろてすくなの好き!!!




ついでに、サスキア・オルドウォーバスという人の個展もあって、これまたすごかった。
全部CGでできているらしいんだけど、なんていうか、質感が全然CGじゃない。
本当に液体が動いているような感じ。

って、文章で書いただけじゃわからないと思うので、気になる人は行ってみてくださいな。




そのあとは、スカイデッキで東京の夜景を堪能。
夜景とか、捨てたもんじゃないと思う今日この頃でした。




2008年5月16日金曜日

Book Log: 薬指の標本

ゼミ関係の社会人の方に、「暗くて重い小説」が好きです、と言って紹介してもらった本。

確かに、こういう雰囲気すごく好き。

ハッピーエンドにはなりえないような、軽やかさのない話の展開、読み終わると日常の中にすっと消えてしまうような終わり方が好き。

きっと世界の片隅では誰かの人生のストーリーがこんがらがり、ほどけ、そしてどこかに吸い込まれていってしまう、そんなことが起きているに違いないのだ、と思わせてくれる口の小説です。


2008年5月14日水曜日

青森旅行写真


まずは、早朝の青森駅。

青森駅
前日の雨がうそのように快晴。
駅名が実は、ひらがなだった。




海
青森駅、歩いて5分ぐらいの桟橋から。


神社

駅前の大通り、ちょっと脇を入ったところにある神社。
名前は不明。




青森美術館
青森県立美術館、外観。
屋根の上に立っているのは、寺山修司。笑


寺山修司劇場美術館



あおもり犬

あおもり犬。



トイレ

トイレが真っ白で気持ちよかったので、激写。




こんなもんだね。




2008年5月13日火曜日

『毛皮のマリー』&寺山修司劇場美術館


最近、自分の強みをみつける本(そのうちまた別途書くけど)で自分の強みの一つが「活発性」であることを知った。
いや、私腰重いよ、火つかないと何もやらないし、とか思ってこの活発性を否定しようかとも思ったけれど、よく考えてみると演劇を見に、わざわざ青森まで一人で行ってしまうことこそが「活発性」を特徴とするゆえんかもしれないと思った。

概略を話すと、土曜の夜の夜行バスで青森に行き、青森県立美術館で毛皮のマリーを見て、そして日曜の夜行バスでまた東京に戻ってくるという強行的なスケジュールであったわけだ。

うん、でも青森県立美術館は建築やらデザイン(建築だけじゃなくてね)の部分でかなり惹かれるものがあったし、寺山修司劇場美術館もうはうはなおもしろさだったし、「毛皮のマリー」も見たくて見たくて仕方ない演劇だったので幸せだった。

ただ、今回見て思ったのは自分の中でイメージの寺山修司が大きくなりすぎたせいかもしれないけれど、なんか自分のイメージしていた舞台とちょっとちがうなぁ、ということ。
寺山修司の舞台は、もっとごちゃふごちゃしていて、もっと妖艶で、もっと不条理であって欲しいと思った。

台本そのものがそうなのか、演出なのかは分からないけれど、もっとどっろどろした雰囲気作れてもよかったんあじゃないかな、と思った。




ただ、やはり彼の言葉は好きだ、と毛皮のマリーを見ながら思った。
言葉は、ただ本当に言葉であるのみなのに、なぜか人をひきつける言葉があるとしたら、寺山はそういう言葉を構築できる人なのだろう。

そして、自分自身も彼の言葉に含まれるイマジネーションの世界のおこぼれで、自分の世界を言葉で作り出してみたくなる。
そんな効果が彼の言葉にはある気がする。










ところで、一人旅をすると言うと、びびる人がいるけれど一人旅はいいよー。

プランなしでふーらふーら歩き回るのが好きな私にとっては目的地にはいつ着くの?という類の人と旅行するのが苦手で、だから一人の方が気楽でいい。

ただ、一人旅の苦手なところは、タクシーが割り勘できない(3人だったら、、といつも、思ってしまう)のと、ごはんを一人で食べなければいけないところだ。
基本的にごはんを一人で食べる習慣のない私にとっては、かなりさびしい。
お店も選ばなければいけない。

まぁ、でも、基本一人のが楽でいいんだけどね。
おすすめ。




そのうち、旅先の写真もアップしまふ。

2008年5月3日土曜日

Book Log: 錦繍

すごく好きかもしれない、この本。
多分、数年後にもう少し読むと思う。

全体的に暗い感じはあるけれど、最後の最後になって全編を通してキーワードになっていた「からくり」という言葉が理解できるのと後味のよさが忘れられない。

多分だけど、仏教的な思想に基づいているのではないかな、と思う。
カトリックの教えより、仏教の教えのがしっくりくる今日この頃。

2008年3月24日月曜日

『Blue Man Group』


ブ、ブ、ブルーマン見てきたー!!

Blue Man Group

実は、演劇やミュージカルは自分から好んで見るのだけど、ショウってあまり見なくて、誘っていただいてBlue Mang Groupを見ることができてほんとラッキーだったなぁ、って思った。

ありがたや。

ブルーマンというのは、全身青くて黒い服を着た男3人が舞台の上で、客席で、お客さんと一緒にパフォーマンスを繰り広げるエンターテイメント。

彼らの得意技は、多分たいこみたいなのを叩くことなんだけどそれに加えて動き、表情、センスが最高。

↓ブルーマンって、こんな人たち。

<object width="425" height="355"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/1tWP6aYwi5M&hl=ja"></param><param name="wmode" value="transparent"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/1tWP6aYwi5M&hl=ja" type="application/x-shockwave-flash" wmode="transparent" width="425" height="355"></embed></object>

ネタばれだから、これから見に行く人はあまり読まないで欲しいのだけど、今まで舞台で見たことのないようなテクノロジーと動き、それから客席のインプルーブメントの合わさった芸術作品、という感じ。

ちなみに、一番おもしろかったのは、現代のネットワーク社会を下水道でみんなつながっていると表していたところで。

下水道が破損、水圧の変化などで逆流し出すことを「インタラクティブ」と定義した場面にはそのナンセンスさに思わず「うける!」と叫んでしまった。

ちなみに、私と一緒に見に行った人は、割とうるさい客であったこと間違いなしだが、あれは騒いでなんぼ自分を開放してなんぼの舞台!

思わず人が演出家の意図どおりに動きそして舞台ってこんなにも「インタラクティブ」に作り上げるものなんだ、と実感できるしかけが随所にされていておもしろかった。

それでいて、思わず頭をひねらされる不思議なトリックがたくさんあり、お客さんになぞを投げかける。

まぁ、そもそもなんであいつら青いんだ?から始まり、どこまでが映像でどこまでが実際に彼らのライブパフォーマンスで、どこまで仕込まれてるの?どこからが本当のお客さんで、どこまで事前打ち合わせとかあるんだろう?

という感じに。

帰り道に、ミュージカルのように口ずさむ歌がない代わりに一緒に見た人と、あーだこーだ議論し、そしてその議論の意味のなさに思わず笑ってしまうところがおもしろい。

そのどうでもよさに真剣になれるのって最高。







とにかくばかになりたい人は、絶対に見てくださいねー。

2008年3月22日土曜日

Book Log: 出家とその弟子

驚くべき本。

仏教の教えが自分の中にすーっと入ってきた。

仏教に限らずこういう心持で人と接し、自分を見つめ直し、自分を越える存在(特定の神とかでなくても)に祈ることができたらきっともっと豊かな人生を送ることができるのではないかと思う。

まさに今自分自身が悩んでいた二つのことに対し、どういう心持でいればよいのかが分かった気がした。

ただ、それを実行し通すのはまた別で難しい問題ではあるんだけど。

お気に入りは、第五幕二場。


Exhibition Log: 建築の記憶


東京都庭園美術館でやっている建築の記憶展に行ってきた。

ただひたすら建築を撮った写真が飾ってあるだけなのに、なぜか芸術だった。

私が撮った写真は、ごみみたいなのに。涙







でも、実は写真よりも展示室となっている建物の細部の細工、ドアノブだとか暖炉のカバーだとか通機構だとかの細かい部分に凝らされた模様とかを見るほうがおもしろくてそっちが熱心に探してしまった。

今度、展示してないときにもっかい行くと思う。




2008年3月20日木曜日

Exhibition Log: ARTIST FILE 2008


新国立美術館でやっているARTIST FILE 2008を見に行ってきた。

あまり期待していなかったが、想像以上におもしろい作品に出会えてなんだいい気分。







お気に入りに入れたいアーティストさんたち。

って、8人中半分も。

竹村京

シンプルでかわいらしい感じが好き。







佐伯洋江

白い紙に、こまかーい線や模様で絵を描き出している。

こういう細い線、好きなのよね。

http://www.takaishiigallery.com/exhibition/2005/06_hiroe_saeki/index.html







ポリクセニ・パパペトルー 

まずは、とにかく、p行が多い名前に驚く。

子どもがモデルの写真なんだけど、モデルの表情&自然な感じがいい、子どもなのにすごいな、って思った。

あとは、女の子の着ている服がかわいくてツボだったのと、タイトルになっているものが写真に写っていないのにその存在が浮かんでくる感じがしてすごいなぁ、と思っていた。

この人の作品が、今日の一番!







さわひらき

真っ暗な部屋に6つの映像を映し出しているんだけど、その空間がすごく居心地が良かった。

ポリクセニ・パパペトルーのサイトを見ていたのだけど、かなり好き。

特にこういうの↓ tamaちゃんも好きなんでない?

PrizeThimble

Prize Thimble, 2004


Polixeni Papapetrou




2008年3月13日木曜日

『塩狩峠』

うーん、最後の話の急展開と犠牲死の潔さが妙に鮮やかに感じられた。

最近、一つのもやーっとだけど疑問に感じることがある。

それは、不幸を背負う人はなぜより多くの不幸を背負う運命にあるのか、ということだ。

単なる私の客観的な意見でしかないのだけど、世の中には容量よく幸せになっている人もいる一方で、信じられないほどの不幸に見舞われながらも驚くほどの純真さ、素直さで人に対峙することのできている人の二種類の人がいる気がする。

後者の人は、私のような一般人からして見れば多くの不幸を背負っているように見えても、何か普通の人が解し得ないような何かを感じながら生きているのだろうか。

今まで、私はこういう人に一人だけ会ったことがある。

いや、もっと会ったことがあるのかもしれないけれど、なんでだろう?と考えさせられてしまうほどによく知ったのがその人一人だけなのかもしれないけれど、何か目に見えない運命のようなものを人は持っているのだろうか。

耐えれば耐えるほどに過酷になっていく運命があるとしたら、その人の幸せとは一体何なのだろう、と考えてしまう。

きっと、そういう人には他の人の見ることのできない世界を見ているのではないか、と思う。

まとまりのない文章になってしまったけれど、自分は不幸な運命を背負わない一般的な人間であり、そして世界の一部しか知ることのできない人間なのではないか、という気がする。



2008年3月6日木曜日

『至高の華』


日曜日に、至高の華という、能と狂言の舞台を見てきた。

野村萬斎の「蝸牛」(かたつむり、のこと)の狂言の日本語の節回しが今でも頭に残っている。







太郎冠者:

雨も風もふかぬに


でざかまうちわろ


でざかまうちわろ

萬斎扮する山伏:

でんでんむしむし


でんでんむしむし







萬斎は、日本語で遊ぼうで見たときからかなりファンで、この「蝸牛」も多分そこで使われていたのでかなりツボった。

友達が他に4人いたのだけど、この狂言のおもしろさを分かってしまうところがそろいもそろって歳とった感じでほほえましい。爆