ルオー大回顧展に行ってきた。
帝劇の横に美術館があるなんて知らなかった!!
実はルオーの絵をルオーの絵だと認識しながら見るのは初めてだったし、宗教画を書いている人だということも知らなかった。
お気に入りは、青のモノトーンで書かれたキリストの顔。
正面からみつめるその顔には、青という色とは対照的に慈愛に満ちていた。
と、私がそう思っただけだけど。
あとは、一連のPassion(受難)の絵はその量に圧巻だった。
Passionと言うと情熱というよりも、先に受難が思い浮かんでしまうのはまったく七面倒くさい思考回路ではあるが、たまに思うのはPassion(情熱)を持つことはPassion(受難)だな、と。
そうまりこも言っていたけど、一番楽なのは、テレビを見て何も考えていないときだ、と。
何かを情熱を燃やすとき、何かに魂を込めようとするとき、それは人に与えられた受難でもある。
イエスはゴルゴタに向かうとき何を考えたのだろうか、
自分の使命をうらんだだろうか、理解を示さない人に対し怒りを覚えただろうか。
答えは否、だと思う。
彼は、人を愛していたために自分の示すべきものを信じ、同時に人も信じていたと思う。
愛という言葉を使うと一気に危ない雰囲気が漂うので、他の言葉を探さなければ、、と思う今日この頃。