2008年3月13日木曜日

『塩狩峠』

うーん、最後の話の急展開と犠牲死の潔さが妙に鮮やかに感じられた。

最近、一つのもやーっとだけど疑問に感じることがある。

それは、不幸を背負う人はなぜより多くの不幸を背負う運命にあるのか、ということだ。

単なる私の客観的な意見でしかないのだけど、世の中には容量よく幸せになっている人もいる一方で、信じられないほどの不幸に見舞われながらも驚くほどの純真さ、素直さで人に対峙することのできている人の二種類の人がいる気がする。

後者の人は、私のような一般人からして見れば多くの不幸を背負っているように見えても、何か普通の人が解し得ないような何かを感じながら生きているのだろうか。

今まで、私はこういう人に一人だけ会ったことがある。

いや、もっと会ったことがあるのかもしれないけれど、なんでだろう?と考えさせられてしまうほどによく知ったのがその人一人だけなのかもしれないけれど、何か目に見えない運命のようなものを人は持っているのだろうか。

耐えれば耐えるほどに過酷になっていく運命があるとしたら、その人の幸せとは一体何なのだろう、と考えてしまう。

きっと、そういう人には他の人の見ることのできない世界を見ているのではないか、と思う。

まとまりのない文章になってしまったけれど、自分は不幸な運命を背負わない一般的な人間であり、そして世界の一部しか知ることのできない人間なのではないか、という気がする。