2019年10月3日木曜日

Book Review: 『つみびと』 山田詠美


2010年に起きた大阪の二児餓死事件をベースに描かれたフィクションです。

あらすじは、二人の子ども何日も部屋に放置して死なせた蓮音と、その母親の琴音、そして死に向かう子どもたちの状況を3つの視点から書いています。琴音はその母に暴力をふるう父親を見殺しにし、母が新たに連れてきた男に性的虐待を受け、精神を病みます。いったんは結婚し幸せな家庭を築くものの精神を病み、蓮音を含む三人の子どもを置いて家を出ます。

母が家を出たあと、世間体ばかりを気にして何もしない父親に変わって、小さい弟と妹の面倒を必死に見る蓮音。彼女もまた地元の男たちの都合のいい女として暴力的に扱われるのです。そんな中、大学に通う育ちのいい音吉と恋仲になり結婚し子どもも産むものの、夫とのすれ違いから破壊的な行動に出てしまい…

基本は、海外文学ばかり読んでいるのです自分が母になったこと、目黒区の虐待死のニュースなどを見るにつけ、表面的な報道やコメントでもあまりにも考えるきっかけにならないと思いこの本を手に取りました。

子どもが産まれて体力もない中で誰かの手助けも少なく、眠れない、まともなものも食べられない状況になったら誰でも自分の子どもに手をあげることがあるかもしれません、感情的になって怒ってしまうこともあります。大変な子育てが虐待と紙一重であるという事実に共感すると同時に、衰弱した子どもを放置し続ける、暴力にさらし続ける、、と言った一線を越えてしまった先の極限状態を継続させるイメージを持つことができないのが正直なところでした。

今回の本を読んで分かったのは、子を死なせた母であろうとも子を愛していたということです。お話に出てきた蓮音は、子どものためにしっかりしなきゃと自分に言い聞かせます。子どもに愛の言葉をかけじゃれあい、子どもが自分に無償の愛をくれていると気がつくと、はっとするのです。そこにいたのは、不器用だけれど、愛に溢れた母でした。

一方で、私が最も異様さを感じたのは、蓮音の生育と周囲の環境でした。

人は誰しも親や友達、保育園、働く場所、住む場所などをセーフティネットとして持ち合わせていると思うのですが、そのセーフティネットの質、あるいは量が人を踏み止まらせるきっかけとして作動するかどうかの環境と、その網でいかに自分を立て直す選択をできるかという考え方の傾向など(生育)があまりにも悲劇的だったと感じました。

蓮音の周りにもときたま現れる救いの手になるかもしれない何か。それがもっと頻繁でもっと彼女に寄り添うものあるいは気軽なものであれば…あるいは、彼女がもっと何かするとか、プラスアルファのことである必要すらなく、彼女がもっと投げやりで、彼女がもっと早くい段階で子育てや結婚生活を投げ出していただけでも…と考えずにはいられません。

それと同時に、何かが変わって子どもたちが死ななかったとして蓮音親子が幸せに暮らせていけたのかと考えることもなかなか暗い気持ちになってしまいました。虐待死は母親の責任には違いないけれどどこかタイミングやちょっとした差異の問題で表出する問題のような気がしていて、一度深みに入り込んでしまった人々の生き辛さや劣悪な環境をどうにかしない限りは、悪いタイミングは増え続ける一方なのだと感じました。

子どもが親の都合でつらい思いをしながら死ぬことがなくなるように、何かできることがないか考えてみたいと思わせてくれる本でした。


2019年9月7日土曜日

Movie Review: トールキン 旅のはじまり

ちなみに、トールキンというのはJ・R・R・トールキンのことで、ホビットや指輪物語(ロード・オブ・ザ・リングス)の著者のことです。オックスフォードの教鞭をとってもいた人物です。

まずは、予告編を見てください。これを見ただけで、なぜか泣けてくる人は絶対に映画館に行った方がよいです。




トールキンの作品は、小説、映画とリピートしているもののトールキン自身について知っていることは多くありませんでしたが、きっとトールキンという人が好きに違いないという確信を持って鑑賞に臨みました。

物語は淡々と進んでいき、ストーリーや映像自体に趣向を凝らしているわけではありませんが、豊かな想像力を持つ人々の視点を通して、自然、愛、仲間、戦争、芸術と言った抽象的な言葉の意味を見ている人にファンタジックに投げかけてくる素晴らしい映画でした。

トールキンが多感な少年期に父、次いで母もなくしたことを知り、フロドの親代わりがビルボであったことにも納得…母親が息子たちに物語を語って聞かせるシーンは、序盤なのに涙が止まりませんでした。また、WWⅠの経験者であることが、中つ国の暗黒時代を終わらせるための壮絶な戦いを描く契機となっていることは想像に難くありません。

中つ国の物語は、フィクションの歴史物語であるとともに、トールキンの非常に個人的な物語でもあったということを知りました。もう一度、指輪物語とホビットを読み直したいと思います。

この映画には、芸術の創作への愛と想像する力への賛美が溢れています。

子どもの頃に現実と想像を区別せずに生きていた全ての人に見て欲しい映画です。

--

2019年8月5日月曜日

【現代アートの買い方】海外アーティストの作品をオンラインで直接買ってみた

現代アートを買うのって、とてもハードルが高い感じがしていたのですが、生まれて初めて購入してみたのでどなたかの参考になればと思いその手順などを書いておきます。

結論から書きますと、とても簡単!普通のオンラインショッピングと同じ、です!

今回の作品の買い方


Chopped Liver Pressというこちらのサイトで、商品(?)を選んでカートに入れて、Paypalで決済して、ロンドンから届くのを待つだけです。

そして、普通に留守中に配達が来たようで宅配ボックスに入っていました。






















開けた瞬間に、思っていた以上にアートっぽくて、感動しました。

そして、開封からの設置。

LISTEN TO ME FAITHFUL SILENCE

でも、アートってお高いんでしょう?


気になるお値段ですが、作品が100ポンド、額が90ポンド、送料22ポンドで日本円で3万弱で購入することができました。

これ、アートなの?って疑問もありますよね。ただ新聞に文字印刷しただけじゃん、って。実際に夫は理系でアートとか興味ないタイプなのでなんでこれなの?って話はしました。ただの汚い紙(新聞)じゃん、新聞なんだから保存性も低いでしょ、と。

まぁ、でも、現代アートってまずはコンセプトが重要でしょ、と説き伏せて?購入に至りました。私は社会を風刺的に見た感じとか好きなので。

作品を買うまでにどの言葉がいい?ちょっとシニカルで暴力的過ぎるかな?もうちょっと新聞っぽい紙面のがよくない?そんな話のきっかけになったのは地味に楽しかったです。

買いたい作品の見つけ方


今回の作品はBroomberg & Chanarinというアートユニットのものです。

2017年の横浜トリエンナーレで作品が気に入ったアーティストでした。それ以降Instagramをフォローして発表される作品をちょこちょこ見ていました。

現在、生きているアーティストであれば、大体ネットで検索して、Instagram、Twitter、Facebookページがみつかるので、気長に情報収集するのがまずはおすすめです。ありがたい時代ですね!

その後、Instagram経由で彼らのChopped Liver Pressというプロジェクトを発見。

Chopped Liver Pressはコンセプトとなるワードをそれぞれ違った新聞紙面100枚に刷って販売しており、出版社名ではなく、プロジェクト名なんです。

今回は、たまたまアーティストから直接ワールドワイドにネットで注文できるという超お手軽アートをみつけて運良くコレクションを始めるきっかけにすることができた感じがありますが、コレクターのはしくれになれたということでこれからは少しずつギャラリーにも足を運んでコレクションを拡充してみたいと思います…(緊張)。

※昔のブログを見てたら、中国の798芸術区でギャラリーに入りまくっていた記録を発見しました。ギャラリーのハードルが高いとか、どの口が言う感…。

資産としてのアートとか、いろいろ勉強してみたいことも尽きないです。

2019年7月1日月曜日

Book Review: モレルの発明





モレルの発明 (水声社)
アドルフォ ビオイ=カサーレス 著
清水 徹, 牛島 信明 訳

こういう本に出会うために私は本を読み続けているのだと思わせてくれる素晴らしい本。読み終わって、思わずふぁ〜と声が出てしまったので、家で読み終えてよかった。

著者カサーレスと親交があるかの有名なボルヘスは、この小説の構想についても議論したと序文で書いており、彼が「完璧な小説」と謳っているのはセールストーク?と最初は疑っていましたが、読み終えて感動せずにはいられないこの感じはこの本の小説としての完成度の高さ故でしょう。

物語は「私」の手記を読み進める形で進行していく。ある廃墟となった無人島に逃げた私が、そこで楽しげに過ごす人々に遭遇し、そのうちの一人の女性に恋をしてしまう。しかし、彼らの秘密、あるいは真実に近づいた私は…。

途中、SFなのかなとも思うのだけど、その枠に留まらず哲学的かつ幻惑的で、「私」の切羽詰まってはいるがとらえどころのない想い(あるいは、向かう先のない想い)の強さが胸が詰まるような儚い美しさを描いているのがたまらなく素晴らしい。

この本を読んでしばらく他の本に手がつかなかった…文学が好きな方にはぜひ読んでいただきたい本です。

※作中の文章を引用すると、ネタバレになる可能性が高いので今回は表紙の写真のみにしました。



表紙に使われている写真は、「ピアノチューナー・オブ・アースクエイク」という映画のワンシーンのようです。内容からすると男の人はもうちょっとぼろい服を着ていると思うのですが、雰囲気自体はも小説にとてもマッチしている印象。

「モレルの発明」の実際の映画の方はこんな感じでした。納得。


残念ながらDVDなどで流通はしていないようですが、Morel's Invention で検索するとDailymotionで英語字幕の映画を見ることが出来ます。全編通して言葉少なく撮られていること、役者さんの美しさが小説の世界観をよく再現しているように思いました。

また、「去年マリエンバート」でという映画は、モレルの発明にインスパイアされているということで探していたら、どうやら4Kデジタル修復版が発売になるようですので、あわせてぜひ。(私は予約してしまいました…。)



こちらがその予告編でしょうか?美しい…。

2019年6月28日金曜日

Book Review: 20世紀 ラテンアメリカ 短篇選

20世紀 ラテンアメリカ 短篇選(岩波文庫)
野谷文昭 編訳

本のタイトルの通り、ラテンアメリカ文学の短篇集。ラテンアメリカ文学は大好きなのですが、詳しいわけではないので短編でいろいろな作家の作品を読める本は本当にありがたいです。

四つのセクションごとに数編のお話が綴られています。セクションは以下の通り。

Ⅰ:他民族、他人種的状況/被征服・植民地の記憶
Ⅱ:暴力的風土・自然/マチスモ・フェミニズム/犯罪・雑仁
Ⅲ:都市・疎外感/性・恐怖の結末
Ⅳ:夢・妄想・語り/SF・幻想

もちろん、編者の設定した順に読むのがいいのかもしれませんが、私はラテンアメリカ文学の、現代日本ではあまりお目にかからない暴力的テーマに惹かれるところがあるので、セクションⅡから。とはいえ、どのお話にも死や暴力がつきまとっているのがやはりラテンアメリカ文学の醍醐味。数ページで完結するお話もあるので、ラテンアメリカ文学の雰囲気を知ってみたい方にはおすすめの一冊です。


以下、いくつかおもしろかったお話などをご紹介。

アナ・リディア・ベガ「物語の情熱」


初めて知ったアナ・リディア・ベガ。作者の名前を見ずに読み始めたところ女性っぽい書きぶりで珍しいな、と思ったら女性の作家さん。フランスを舞台にしており、どちらかというと感じる雰囲気はラテンよりはフランスぽいものの、最後の一ページにどきっとさせられ、好きでした。邦訳が少ないのが残念。

イサベル・アジェンデ「ワリマイ」


日本語訳もある「精霊の家」のイサベル・アジェンデ。こちらは、物語の情熱とは対照的に、女性っぽさはなく、魔術的リアリズム(本人はそう言われるのを嫌がったそうですが…)の作風でインディオの伝統的な死との対面の考えが短く綴られているのでおすすです。
※2枚目の写真は、ワリマイの一部です。

アドルフォ・ビオイ=カサーレス「水の底」


また、今回一番おもしろいと思ったのは、コルタサルを彷彿とさせる現実ファンタジーの織り混ざったような水の底。シニカルでくすっと笑えるおもしろさが好み。ボルヘスと共同編しているという「ボルヘス怪奇譚集」と「モレルの発明」はひとまず入手したのでまたレビューしたいと思います。




Book Review: ヌヌ 完璧なベビーシッター



ヌヌ 完璧なベビーシッター(集英社文庫)
作:レイラ・スリマニ
2016年ゴングール賞受賞作品

「赤ん坊は死んだ。」という衝撃の書き出し。幼い姉弟の面倒はもちろんのこと、家事までも完璧にこなすヌヌ(ベビーシッター)のルイーズが二人の子どもを殺し、自殺を図るところから始まり、なぜそんな事件が起こったのかがヌヌに出会う少し前の夫婦の様子から描かれて行くサスペンス風のお話。

まず、最初に感じるのは母親ミリアムが自らのキャリアを横に置き、二人の子どもを育てている閉塞感、屈辱感。「あなたはいいわね」というミリアムの台詞は、自分も夫に言ったことのある言葉で母親を取り巻く子育ての環境に胸が詰まってしまいまう。

いいヌヌに出会えたことで、安心して子どもたちを預け、上の世代からの「放っておき過ぎなんじゃないの」というプレッシャーを感じるとむきになって、大丈夫、最高のヌヌに出会えて恵まれていると自分に言い聞かせる。

実際にルイーズは、清潔で規則正しく生活を送る。子どもたちにも好かれており、以前の雇い主からの評判もよい。

ただし、彼女の中にはどこかどす黒い狂気の渦のようなものがあり、ルイーズが家族の中に存在感を増すほどに雇い主の夫婦もその片鱗に気づかずにはいられない。が、その度に今の環境を手放すことと天秤にかけ、目をつぶってしまう。

決して、個人的な恨みや待遇の不満ではないものの雇う側と雇われる側、その社会的な断絶や力の差、想像力の行き違いがルイーズの狂気を現実に溢れ出させるには十分な環境であることを少しずつ描き出していく。

自分とは生まれも、文化も教育も違う人々を受け入れる難しさという社会問題の提起だけでなく、孤独が人にもたらす狂気についても、心をざわつかせる良作。