下の階に降りていくと、たまたまついていたテレビにユーミンが出ていた。歌手のね。
そこで、ふと耳にしたせりふ。
物質的な豊かさかから、精神的な豊かさ。
言葉にするととっても陳腐だけど、だから音楽があるのかな。
と、彼女はそう言っていた。
前後の文脈は全く分からないのだけど、この言葉ってやつはほんとに大事なことを陳腐にしてしまうのだ、そうなのだ。
そうなのですよ。
まさに。
大学の後半は、ほとんど、言語化の能力というのを私はひたすら追い求めていた(気がする)。
それは、それですごく必要なことだったけれど、今はまだ、言葉を使った表現者になるには言葉が足りないし、また違うツールを使った表現者になるには言葉に頼りすぎている気がする。
どちらかを磨くとしたら、そろそろ決めねばならない時期なのかもね。
まぁ、最近は、いろいろなことの反動でしょうか、田坂広志のよく言う、らせん状の弁証法(正確にはなんだか忘れてしまったけれど)的な進化が自分の中で起きているのがすごくよく分かります。
自分の後ろに続く、あれは、やだからこっち、ちょっとなんか違うからあっち、というやり方の変容というか、しかしやっぱり、あれの中でもこの部分は私にあっていたな、とか、やっぱりこっちもここはこう変えるべきだ、とか、いっぱいでてきて、今一生懸命自分のスタイルを作ろうしている、そんな気がします。
社会起業に出会ったのも、政治→ビジネスのジンテーゼだったわけだけど、この繰り返しは、ほんと果てしない。
積み重ねた経験の否定ではなく、その中から意味のあるものを掬い取り、再構成して、、、そんなことを繰り返しながら自分の人生を創っている、そんなイメージです。
うぅ、もう少しで、次が見えそうな気がするの。
ほんと、苦しい。