2013年8月28日水曜日
2013年8月25日日曜日
favorites: 『ハーブ&ドロシー』、Sara Bareilles「Brave」、etc...
ハーブ&ドロシー
>> ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人
久しぶりに見たドキュメント映画。
所得的にも、体格的にも小さな二人が精力的にアート作品を集め、小さなマンションに押し込めていく。
最初は、現代アートを買ってみたいな、参考にしようと思っていたけれど、そういう軽い気持ちで見てはいけなかった。
彼らは、プロのコレクターであり、それも超一流のコレクターなのだ。彼らから何か学べることがあるとしたら、それは一流の人の振る舞いであり、彼らがアートコレクションに熱中し、情熱を持っているのかということ。
続編ももう出ているようなので、見てみようと思う。
>> ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの
Sara Bareilles
Sara Bareillesの「Brave」。元気になれる曲。
たまたま「King of Anything」を聞いて、リズム感のよさにぐっときて、Sara Bareillesって初めて何曲か聞いてみたけれど、日本のアンジェラ・アキみたい。
パティシエのりんごスティック
青森のおみやげでいろんな人に渡したもの。
一本150円で、青森のりんごの入ったスティック型のアップルパイが堪能できる。
箱買して、一人一本ずつ渡して、残りは自分で食べるという大人げないことした。
2013年8月20日火曜日
Doodle Jumpというゲームにはまる
最近、Doodle Jumpという単純なゲームにはまっています。
スマートフォン(AndroidとiPhone)に対応しているアプリで、どうやらKinectでも遊べるようですが、私はAndroidアプリで遊んでいます。
小学生でも楽しめるような簡単なゲームで、スマホの傾き検知機能をする加速度センサー利用して、謎のキャラクターがバーをジャンプするのを操作するゲームです。
最初はちょっと難しく感じるのですが、徐々にコツをつかむとすいすいと上の方に登っていけます。
大体私は、最初の数日はスコア5,000ぐらいずつ伸びるよになって、その後は30,000を超えたあたりで自分の中での熱狂的なマイブームが去り、それでも暇な時間にはDoodle Jumpをするという生活を一月ほど続けています。
最初は、このタコのようななまはげのような謎のキャラクターのせいで気が散るのですが、慣れてくるとこんなへんてこなやつでもかわいく思えてくるから不思議です。
また、ジャンプの舞台、すなわちゲームのスキンをいくつか選ぶことができてそれがまたかわいいのもツボです。

一番シンプルなのは最初に掲載したメニュー画面のスキンです。上の左のスキンはシンプルながらかわいらしくて私がいつもつかっているスキン。右側は水中のスキン。
この他にも、宇宙や竹やぶ、サッカー場、ゾンビ風など10種類ほどのスキンがあり、ゲームが進むにつれて増えてくる難関も少しずつ違っています。
好みで楽しめると思いますが、なぜかスキンによってジャンプバーの見やすさにだいぶ差があるので、高得点を狙うなら一番シンプルなスキンがベストでしょう。
GooglePlayからは無料版DL後、プレイ後に毎回表示される広告を消すのに¥99。
>> Doodle Jump on Google Play
iPhoneでは、¥85で購入できます。
>> Doodle Jump on iTunes
暇つぶしに最適なちょっとしたゲームですが、加速度センサーを利用しているため電車の中で動いているときや寝転がってやるのには不向きですので、立って人を待っているときなんかにお試しください。
2013年8月18日日曜日
青森旅行紀
青森に行ってきました。
青森に行くのは実は、三回目で、一回目は中学の修学旅行での東北周遊、二回目は大学生のときに青森県立美術館で開催されていた「寺山修司 劇場美術館」と美術館併設の劇場で上演されていた「毛皮のマリー」を見るために。
修学旅行の方は行ったことすら、中学時代の友人に指摘されるまで気が付かなかったけれど、二回目の寺山修司おっかけ旅はよく覚えていて、深夜バス内泊2連続の0泊3日の一人旅であったのでした。
そのときのブログもあったのでリンク掲載。
>> 『毛皮のマリー』&寺山修司劇場美術館
>> 青森旅行写真
さて、本題。
今回の旅行は主に新幹線に乗ることと、涼しい場所=奥入瀬周辺で自然とたわむれることだったので、宿も移動せずに一日をゆっくり使えるような感じでまったりしていました。
自然と戯れる
誰もが撮りそうな「銚子大滝」。奥入瀬渓流の中でも一番大きい滝で、散策路にいても水しぶきを感じられる豪快な滝でした。
渓流に味を添える倒木。たくさんの木が倒れていて、そこに苔や草が生えている姿に美しさを感じました。
標高1011mのところにある御鼻部山展望台から見渡す十和田湖。曇っていたので、こんな感じでしたが気持ちよかったです。
芸術と戯れる
街の中に突然現れる十和田市現代美術館。展示室はそこまで広くありませんが、中庭なども有効活用していました。カフェなどは東京の美術館に負けないほどの盛況ぶりでした。
向かいの公園には、草間彌生氏の作品が。子どもが普通にこの犬に乗って遊んだりしてました。贅沢!!
ところ変わって、三沢市寺山修司記念館。ガイドブックにもどこにも載っていなかったのですが、奥入瀬から八戸に向かう途中の道路の標識で発見し、急遽行くことに。
写真は記念館の横にあった舞台。真ん中の人影が私。
常設展の一部屋だけの小さな記念館でしたが空間が効果的に使われており、寺山修司の本人が映った動画から、作品世界、年譜などがひと通り味わえる濃厚な空間になっていました。

また、記念館の裏口を出ると遊歩道があり、寺山修司のシンボル的な指の矢印を頭にのせた俳句の木碑に沿って歩いて行くと、この文学碑に行き着きます。
これまた、遊歩道の散策と文学碑から見える小田内沼の景色と寺山修司の俳句の世界を堪能できる大変よく設計された寺山ワールドとなっていました。
石碑の前の犬が読んでいたのはこんな句でした。
君のため一つの声とわれならん失いし日を歌わんために
一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
番外編
寒立馬かな?

遅咲きの紫陽花と蜻蛉。夏と秋の共演。
旅のお供は、ちょうど旅行の直前に会った友達に勧められた青森県出身の太宰治の短篇集にしました。
2013年8月5日月曜日
Movie Review: 風立ちぬ
ジブリの最新作の『風立ちぬ』。そもそもあまり興味なかったのだけれど、周りの人の評判がいいのと、堀辰雄氏の同名の小説(部分的に映画の原作にもなっている)を読んだところなかなかに好きな小説だったので、映画館に足を運んできました。
結論から言うと、自分の中では大人向けの映画なのではないか、という印象であまり楽しむことができませんでした。途中で飽きてしまった…。映画館なのにそわそわして、周りの人ゴメンナサイ。
その映像の美しさやストーリー、キャラクターの描き方など文句のつけようもない完成度だと思うのですが、宮崎駿監督の作品では割りとファンタジーよりのものが好きなのと(それゆえ、予告を見た段階では行くつもりはなかったわけですが)、飛行機の美しさや設計思想への愛情というか執着への理解がほとんどできず、最後まで主人公の堀越二郎氏への感情移入に苦労したのが飽きてしまった理由かな、と。もっと分かりやすい芸術作品などの製作者の話だったら理解できたのかもしれないし、そもそも私の中に神がかり的なクリエイター気質がないために理解しえない映画だったのかもしれないし、それについては自分でも分かりかねるという中途半端な気分です。
また、主人公の葛藤、これは宮崎駿監督の葛藤そのものでもあると思ったのですが、この葛藤が葛藤のまま描かれていたのが、苦手な作品に分類してしまった理由なのかもしれないとも考えています。もう少しわかりやすく言うと、文学や映画の作品に、人のどうしようもなさを、最終的には受け入れて生きていくという人への愛のある文学や映画が好きなタイプなので(例を出すとすれば、最近見た映画では、ギャッツビーというイタイ男のお話は最高に好きだったりとか)、その愛の薄さが合わなかったのです。もしかしたら、宮崎監督なりの愛情が示されていたのかもしれないのですが、私の読解が追いつきませんでした。
ただ、この葛藤を映画のメッセージとして素直に解釈するのであれば、宮崎駿監督が美しく描き出している日本の世界のものづくりに対する渇望的な思いや自分のはかない生を一人の天才に捧げる精神、魂を込めて作ったものが自分の意図と分離して利用されていく作品への肯定、これら全てに監督自身が必ずしも同意していないという思いが込められているのではないかと考えています。
手放しの日本人への称賛がこの映画で起きるとすれば、それはまさに宮崎駿監督の葛藤をより深いものにするのではないか、と思っています。
* * *
作り手としての時間は10年しかない的なカプローニのセリフがありましたが、とすると宮崎監督自身が自分のことをどう捉えているのかがとても気になりましたが、少なくとも今回の映画では、二郎とカプローニの夢のイメージには大変感銘を受けたことは書き添えたいと思います。
それから、映画の中で何度か繰り返された、「ルヴァンスレーヴ、イルフォタンテドゥヴィーヴフ」、ヴァレリーの詩の最後の一節を引用したいと思います(原文はここを参考にしました)。
(意訳)
風が吹いた...生きようとしなければいけない!
大きな風が本のページをはためかす。
波は砕け、岩を打ち砕こうとしているではないか。
魅惑的な本を読むのはよそう!
さあ、喜び踊る波で、打ち砕こう。
三角の帆が揺れる、静かな屋根を。
ただ、この葛藤を映画のメッセージとして素直に解釈するのであれば、宮崎駿監督が美しく描き出している日本の世界のものづくりに対する渇望的な思いや自分のはかない生を一人の天才に捧げる精神、魂を込めて作ったものが自分の意図と分離して利用されていく作品への肯定、これら全てに監督自身が必ずしも同意していないという思いが込められているのではないかと考えています。
手放しの日本人への称賛がこの映画で起きるとすれば、それはまさに宮崎駿監督の葛藤をより深いものにするのではないか、と思っています。
* * *
作り手としての時間は10年しかない的なカプローニのセリフがありましたが、とすると宮崎監督自身が自分のことをどう捉えているのかがとても気になりましたが、少なくとも今回の映画では、二郎とカプローニの夢のイメージには大変感銘を受けたことは書き添えたいと思います。
それから、映画の中で何度か繰り返された、「ルヴァンスレーヴ、イルフォタンテドゥヴィーヴフ」、ヴァレリーの詩の最後の一節を引用したいと思います(原文はここを参考にしました)。
Le vent se lève! . . . il faut tenter de vivre!
L'air immense ouvre et referme mon livre,
La vague en poudre ose jaillir des rocs!
Envolez-vous, pages tout éblouies!
Rompez, vagues! Rompez d'eaux réjouies
Ce toit tranquille où picoraient des focs!- Paul Valery, Le cimetière marin
(意訳)
風が吹いた...生きようとしなければいけない!
大きな風が本のページをはためかす。
波は砕け、岩を打ち砕こうとしているではないか。
魅惑的な本を読むのはよそう!
さあ、喜び踊る波で、打ち砕こう。
三角の帆が揺れる、静かな屋根を。
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