2010年7月21日水曜日

『月と六ペンス』

友人にすすめられて読みはじめ、半年ほどかけてやっと読み終えることができました。

正確には本の1/5ほどよむのに5か月以上かかり、残りの4/5はあっという間に読み終えたという感じです。



これは、正真正銘の名作。

名作の文学の特徴の一つとして、最初の読みにくさを超え、最後まで読み切ったときに得られる穏やかな感動、というのがあると思っているのですが、やはりその感動を感じることができました。

生まれて初めて、記憶にある範囲で最初にこの感動を感じたのは、小学生のときに読んだ「しろばんば」だっと思います。

ずっとつまらない作品だと思って読み進めて、最後のページで言い知れぬ感動に包まれたのでした。

それ以来、どんなに読みにくい本でも、誰か、知人や尊敬すべき文化人のリコメンドがある場合には最後まで読み切るようにしています。

*   *   *

月と六ペンスは、ゴーギャンの生涯をひょんなことからその知人として長く付き合うことになった男の視点で描かれたお話です。

きっと作家としてのモーム自身が感じた文章表現への情熱もそこには描かれているのでしょう、文学の創作としての部分はあるにせよ、真の芸術家、絵によって世界の心理を描こうと生きた男の人生は壮絶で、生々しく、普遍の真理を私たちに問いかけてくれるものです。

この本で一番考えさせられたのは、芸術家と社会の距離です。

妻子を捨てたり、反社会的と言われるような行動をとるというか、彼らにとってはそれが何の意味もなさない場合、どうやって彼らとの共存が可能なのか。

芸術家に安住と社会的な行動を求めた場合に、彼らは自分の真理追求を諦め、美への志を誰よりも高く持ちながら、しかし、誰よりも鬱屈した人生を送らなければいけないのか。

芸術家の人格と、社会的な人格をコントロールし得たと思っているときに表現される作品は、果たして真なのか。

それとも、われわれはみなアーティストであるといういかにも現代的な啓蒙を信じ、芸術家的な振る舞いを志向すべきなのか。



もう読むことはないかもしれないけれど、私に大きな問いかけを残してくれたモームに感謝したい。



追記

いくつか本文を引用しようと思ったのだけど、本が見当たらなくなってしまったので、省略。