2010年7月27日火曜日

『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』


なんでもいいから映画が見たい、ビデオショップで借りてきて!というリクエストによってヨーダが借りてきてくれたDVD。

パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々

最新作の棚にあった&ハリー・ポッターシリーズの監督作品ということでのチョイスらしい。

私だったらたぶん選ばないDVDだけど、たまにはこういうのもいいですね。



楽しいポイントとしては;

・ヒーローが、ポセイドンの息子で、ほかの神々との子どもと比べてパワーと才能が生まれながらにして秀でている(水戸黄門効果)。

惜しかった点としては;

・キャラクターの設定が弱かった。

・何が旅(主人公の冒険)の目的なのかがいまいちわかりにくかった。

・あくまでアメリカ中心の旅路

とまぁ、惜しい点ばかりあげてしまいましたが、ファンタジーが好きな人は、さくっと見られる作品としてお勧めです。

ただ、見たあとにヨーダと議論になったのは、何のための映画だったのか??ということ。

なんであえてオリンポスの神々を主題にしたこの作品を映画化する必要があったのか?と。

出た説としては;

・ハリー・ポッターのオーディションを受けた俳優で、イギリスのイメージには合わなかったが、結構いい!と監督が思ったので、何かの映画に起用したいと思った。

・ハリー・ポッターで利用したCGを売りにした映画会社を設立し、その技術のデモムービーとして利用。

(ハリー映画ファンのヨーダによると、パーシーの使ったパワーがどこかで見たことある感じだったとか。)

いずにれせよ、作品が生まれた理由がぐっとこない感は、ありました。

こういうこと考えながら映画見るのって、ちょっと天の邪鬼かしら??




2010年7月21日水曜日

『借りぐらしのアリエッティ』


ジブリの最新作見てきました!

借りぐらしのアリエッティ

すごくいい映画!というわけではありませんでしたが、ファンタジー好きは楽しめるお話。

おばの家に一時的に来た子どもとファンタジーの世界の接触は定番ですね。

ちなみに、これはファンタジーじゃない!本当に借りぐらししている小人はいる!という意見もあるかもしれませんが、「小人」いないか、と。

小人が私たちと同じ形なわけない!いてもゴブリン的な感じだ!と思っている私です。

*   *   *

さて、映画の感想。

ケルト音楽好きの私としては、セシル・コルベルというブルターニュ出身の女性歌手が音楽を手掛けているというのと、声の出演のところで藤原竜也の名前を見つけたので、その二つを重点的に見てました。







セシル・コルベルの音楽自体は映画にとっても合っていたし、素敵でしたが、映画の最後に流れるArrietty's Songを本人が歌っているのにはちょっと面喰いました。

聞き慣れれば問題ないですが、やはり欧米の人が日本語の歌を歌うとちょっと違和感あるかな、と。

あと、藤原竜也が声を担当していたスピラーは、あんまりしゃべらないというか出番が少ない上に無口な役だったのが残念・・・!







映画の感想としては、水々しい草木の絵が、好きだったかな。

あと、おばさんの家が西洋風なのもよかった。

原作の「床下の小人たち」(あれって、確かシリーズものだったよね。)小学生のときに読んだきりでまったく覚えてないので、比較はしませんが、あんまり映画にはメッセージとかなかったかな。

まぁ、ファンタジーに必要なのはメッセージじゃなくて、魅力的なキャラクターと日常生活を楽しくするような想像力を掻き立てるヒントみたいなものなのかもしれないですね。

あ、というか、小人系のファンタジー、昔からそんなにわくわくしてなかったのを今思い出した!

ファンタジーにもいろいろあるしなぁ。

*   *   *

ちなみに、サウンド・トラック買っちゃいましたが、やさしい音色が心地よいです。



イメージソング集もあって、TSUTAYAで聞き比べしましたが、インストが好きならサントラ、セシルさんの声が好きならイメージ・ソング集をおすすめします。







『月と六ペンス』

友人にすすめられて読みはじめ、半年ほどかけてやっと読み終えることができました。

正確には本の1/5ほどよむのに5か月以上かかり、残りの4/5はあっという間に読み終えたという感じです。



これは、正真正銘の名作。

名作の文学の特徴の一つとして、最初の読みにくさを超え、最後まで読み切ったときに得られる穏やかな感動、というのがあると思っているのですが、やはりその感動を感じることができました。

生まれて初めて、記憶にある範囲で最初にこの感動を感じたのは、小学生のときに読んだ「しろばんば」だっと思います。

ずっとつまらない作品だと思って読み進めて、最後のページで言い知れぬ感動に包まれたのでした。

それ以来、どんなに読みにくい本でも、誰か、知人や尊敬すべき文化人のリコメンドがある場合には最後まで読み切るようにしています。

*   *   *

月と六ペンスは、ゴーギャンの生涯をひょんなことからその知人として長く付き合うことになった男の視点で描かれたお話です。

きっと作家としてのモーム自身が感じた文章表現への情熱もそこには描かれているのでしょう、文学の創作としての部分はあるにせよ、真の芸術家、絵によって世界の心理を描こうと生きた男の人生は壮絶で、生々しく、普遍の真理を私たちに問いかけてくれるものです。

この本で一番考えさせられたのは、芸術家と社会の距離です。

妻子を捨てたり、反社会的と言われるような行動をとるというか、彼らにとってはそれが何の意味もなさない場合、どうやって彼らとの共存が可能なのか。

芸術家に安住と社会的な行動を求めた場合に、彼らは自分の真理追求を諦め、美への志を誰よりも高く持ちながら、しかし、誰よりも鬱屈した人生を送らなければいけないのか。

芸術家の人格と、社会的な人格をコントロールし得たと思っているときに表現される作品は、果たして真なのか。

それとも、われわれはみなアーティストであるといういかにも現代的な啓蒙を信じ、芸術家的な振る舞いを志向すべきなのか。



もう読むことはないかもしれないけれど、私に大きな問いかけを残してくれたモームに感謝したい。



追記

いくつか本文を引用しようと思ったのだけど、本が見当たらなくなってしまったので、省略。

2010年7月17日土曜日

オルセー美術館展


さすがに混んでそうな展覧会だと思ったので、平日の午前中の空き時間を利用して国立新美術館に行ってきました。

▼オルセー美術館展:http://orsay.exhn.jp/index.html

▼Mus〓e d'Orsay:http://www.musee-orsay.fr/en/home.html

しかし、これが失敗・・・どうやら平日は、午後よりも午前の方が混んでいるらしい。

まぁあまりの混み具合に、逆にオルセー美術館に行ったるか!という気になりましたけどね。







作品の中では、べたですが、ゴッホの星降る夜と、ゴーギャンのタヒチの女、あとルソーの絵が結構好きだったかな。

あと、モローのオルフェウスはきれいだった!

・ゴッホとゴーギャンの作品:http://orsay.exhn.jp/work5.html

・ルソーの作品:http://orsay.exhn.jp/work9.html

・モローの作品:http://orsay.exhn.jp/work8.html







さて、あまりの混み具合にげんなりだったわけですが、あるいみで美術館的には集客に成功しているとも言えるわけですよね。

でも、明らかに顧客の満足は下がる・・・って、私が主催者側だったら、自分で開催した展覧会の空間は快適に保ちたいと思う気がするんですけど、展覧会の規模にあわせた適切な集客のためのマーケティングとかって、誰かやってる人いるのかな。

無料の招待券の枚数を制限するとか、広報媒体を絞るとか、やりようは、まぁまぁ、ありそう。

でも、まぁ、私も見たいし、隣のおばちゃんも見たい、って気持ちは分からないわけじゃないから、どうしようもないっちゃどうしようもないか。

とはいえ、東京の人口って明らかに増えている気がするのは私だけでしょうか・・・

東京の有名地域だけ人口密度高すぎだよ、やっぱり。