2009年9月29日火曜日

心臓/KREVA


古内東子とセッションしてる「シンクロ」が好き!



そばにいるだけで満ちてゆくプラスのバイブレーション


そばにいるだけで好きになってく

二人だけの現象

また同じ事を考えてた二人、不思議だよね

また同じ言葉言おうとしてた


いつもシンクロしてる

っていう、女性パートがすごい好き。ってか古内さんの声が透き通ってて感動的。

誰かとカラオケでデュエットしたいなぁー。

って、男性パートはKREVAのラップなので難易度高いけどね!







アルバム全体の感想も。

ネタばれになっちゃうけど、心臓というタイトルにあわせて前半と後半で右心室、左心室でコンセプトが違うみたい。

ちょうど真ん中に配置された曲が「心臓」で、ちょっと仕掛けが。

こういう遊び心というか、普通をはねつけるようなもののつくりがKREVAっぽくて楽しい。

そうそう。KREVAは、アルバムもライブも、楽しいよね。

心臓(初回限定盤)




¥2,390

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2009年9月21日月曜日

Book Log: ビッチマグネット



野田秀樹の「ザ・ダイバー」を読もうと思って数週間前に買った新潮の9月号に手を伸ばすが、読みかけになっていた小説を先に片付けてしまおうと、同じく新潮9月号に掲載されている舞城王太郎の『ビッチマグネット』を読了。

いつだったか、2,3年前に舞城ファンになりそのときに出版されていた本はほとんど読んだってぐらいのはまりようだった。久しぶりに突入してみた舞城ワールドは、未だ健在で、そして、いったん引き込まれると途中でやめられない中毒性の強さはもう久しぶりに心地よい乗り物にのった感じでした。

彼の作品は表現がうまいとか、きれいなことを書いているというよりは、現代に生きる若者の気持ちを若者の言葉でうまく表現していて、ライトノベルという風に括られることもあるけれど、多分もっと一歩時代を先取りしている進んだ文学という感じがして私は好きなのです。







あ、で、とりわけこの本をブログでレビュー(ってほどでも、いつもないんだけど)しようと思ったのは、今日の午前中に読み終えた「甘えの構造」に通ずるものがあったから。

人は誰かにどこかで甘えながら生きていてそれが健全な状態である、土居さんの主張を、この作品はとってもうまく表している感じ。

ビッチ(な女性)ばっかりをひきつけちゃう主人公の弟も、その物語を演じているに過ぎないかもしれなくてその役割を認めていることそがすでにその物語の登場人物である他人に甘えているってことなんですよね、多分。

ほんと、まさに、そうなの。

さっきお風呂の中で気がついたのだけど、私が本を読むのもおそらく、本当はすでに自分の中にある回答の裏づけが欲しいだけで、本当に本の中に何かの答えを求めているわけじゃないということ。

それでもなお、私は本の中から答えを探し出す役割を演じていて、そういう役回りであることをよしとしている自分、そういう役回りが赦されるとどこかで思っていてそれ自体が甘えに基づく立ち居振る舞いなのだ、とはっとしたわけです。

あ、だんだん何が言いたいのか分からなくなってきたー!!

とにかく、舞城王太郎の作品はその書き方の斬新さに最初は圧倒されてしまうけれど、すっごい本質的なことを言っているということが言いたかったのです!

あと、「甘え」は、最近ではマイナス表現で使われることも多いけれど、人の構造として本来的なものである、という前提で使ってまーす。




2009年9月10日木曜日

教育の目的とは?「賢さ」は万人に求められる時代なのか?


※あと、15分ほどで家を出ないといけないのですが、仕事に入ったら今考えたことを忘れてしまうかもしれないのでさくっとメモ。

先日のFLEDGEのディスカッションテーマに「今の学び」と「未来の学び」は何が違うかというテーマがあって、ずっと「賢さ」とは何かというのが自分の中で引っかかっていました。ディスカッションの中では、私も含めて、極論を言えば、一般的な共通認識として「賢さ」=「生涯年収」という風に置いているような節があって、例えば藤原さんの言う「情報編集力」も、一般的に今の時代が必要としている「Creativity」も、それは今の社会でどうすれば生き残ることができるのかという問いから発せられるもので、それはすなわち勝ち残るという要素を強く包含している印象を拭いきれないでいたんです。

さて、そんなこともやもやを抱えていた一昨日、昨日でしたが、あるMLで流れたIターン者の言葉にその解の手がかりをみつけることができました。その人はMLの中で、おおよそ下記のようなことを述べていました。



島にきて、農家の人たちにもっと経営な視点や努力が足りないというけれど、頭のいい人というのは農業なんて儲からないからそもそも農業に携わってはいない。彼らは、もっと違う動機、例えば「自分の食べ物は自分で作りたい」とか「土地を荒らしたくない」とかそういう動機で農業をやっている。



この文章を読んだときに、「賢さ」は「賢さ」で、確かに必要だけれどもそれはやはり、国をもっとよい方向に持っていきたいというパッションだとか、実直に生きるということ、ともすれば幸せに生きるというのもまた「賢さ」とは別のものであるのだな、という印象を受けました。

賢さ(一般的な意味での)を求める教育もよいし、もっと違う何かを求める教育もあってしかるべきなのかもしれないと思いました。つまり、教育の求めるもの=賢さではない、ということ。あるいは、教育で育むべき「賢さ」そのものを、一体どんな風に捉えるかを徹底的に考え直す必要があるのかもしれません。

勉強会の中で山内先生が「あなたはどんな賢さが欲しいですか?」という投げかけをなさっていて見事に本質を突いた問いだったなぁ、と今更ぐっときました。

というわけで、タイムオーバー。会社、行きます!

2009年9月6日日曜日

秋の風にあう歌


というより、最近よく聴いている曲。




A Fine Frenzy - Almost Lover 

http://www.youtube.com/watch?v=HCeS-yorGtc

ダントツのお気に入り。

=> 歌詞

Company of Thieves - In Passing



Ne-Yo - Closer

http://www.youtube.com/watch?v=ZUTh3OJjWjM

Beyonc〓 - Ego

http://www.youtube.com/watch?v=UMq2Qx_hBvY

Daft Punk - Digital Love



Leona Lewis - Better In Time



=> 歌詞