2009年4月23日木曜日

apple CM song


数日前から、エンドレスリピート。

弟に、たまには違う曲かけて、って言われてしまった。。



http://www.lyricsmode.com/lyrics/y/yael_naim/new_soul.html

そうそう、ipodのCMに使えわれてた曲です。

そういう系でいくと、あとこれも好き。



http://www.lyricsmode.com/lyrics/f/feist/1234.html




2009年4月19日日曜日

韓国より、noridan来る!


4月17日、第一回 日韓社会起業ユースフォーラムに参加してきました。サブタイトルは、「やりたい事を仕事にする!-- 世界を変える仕事の秘訣」。

第一部の、実際にやりたい事を仕事にした代表として下記の三名が参加、

  • ホン・デリョン (noridan代表) www.noridan.org
  • 駒崎 弘樹 (NPO法人フローレンス代表理事)  www.florence.or.jp
  • 今村 久美 (NPO法人カタリバ代表) www.katariba.net

第二部は、日韓の中間支援組織の方々が登壇。

  • 山内 幸治 (NPO法人ETIC)
  • キム・ジョンフィ (韓国ソウル市立青少年職業体験センター HAJA 副センター長)
  • イ・ウネ (韓国「共に働く財団」事務局長)

スタッフとして参加していたこともあり、全てのセッションを聞けたわけではないのですが、特に印象に残っているのは、noridanのメンバーがそれはそれは幸せそうにパフォーマンスをするということ。

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noridanの今回の日本ツアーのキャッチコピーがRecycle Our Life(私たちの生活をリサイクルの輪の中へ)だったのですが、生活という言葉に最近はまっている私にとってはかなりぐっとくるものがありました。

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もう一点は、HAJAセンターのウネさんのお話。一番多くメモをとらせていただきました。ウネさん自身もやりたいことを仕事にして、人生を楽しんでいる方だという印象を受けました。

韓国では、チヂリという言葉あるらしく(この言葉をウネさんが言うたびに韓国から来た人たちは爆笑。きっと、スラングなのでしょう。英語では、nerdがニュアンスが近いそうです)彼はこの言葉に二つの種類の人間をカテゴライズしました。一つは企業に入って、言われたことだけをお行儀よくこなしている清貧の人たち、もう一つはニートなどが、自分のことを不良品だと思って萎縮しまっている状態のこと。彼は、その2タイプのチヂリの共通点をこう述べていました。

  • 自分のやりたいことをできないまま過ごすこと
  • 挑戦に失敗したときに、もう一度やろうと思える同僚、仲間に出会えていないこと
  • 自分が世の中を変えられると思っていないこと

このようなチヂリの人たちに対し変化をもたらそうと、様々なサービスを展開しているそうなのですが、その根本にあるのは下記のようなメッセージ。

  • 楽しく、幸せに生きる道の一つのロールモデルとしての社会起業
  • 隣の人と一緒にできることが人生を変える!夢や遠い未来だけを見る態度を変えよう。
  • 一人で考えて一人で決定する習慣を捨てよ!助けてくださいということも大事。

とのこと。

日本と韓国は、アメリカやアフリカのような分かりやすい貧困がないけれど、発展を続けるアジアの国々の課題先進国であるとクロージングの言葉でありましたが、だとすれば、私たちがどうやって生き方そのものが、これからのアジア、世界を創っていくメッセージになりうるのかもしれない、と改めて感じさせられる良い機会でした。

また、今回の参加団体に限ってみれば、日本と韓国の社会起業のノリというのが少し違う方向に向いているということも感じましたが、やっぱりキーワードは「楽しい!」でしょうか。楽しいとは、すなわち自分の心に素直になること。その習慣は、やっぱり現代人に欠けている大事なポイントだと思います。

2009年4月17日金曜日

言葉にすると


下の階に降りていくと、たまたまついていたテレビにユーミンが出ていた。歌手のね。

そこで、ふと耳にしたせりふ。

物質的な豊かさかから、精神的な豊かさ。
言葉にするととっても陳腐だけど、だから音楽があるのかな。

と、彼女はそう言っていた。
前後の文脈は全く分からないのだけど、この言葉ってやつはほんとに大事なことを陳腐にしてしまうのだ、そうなのだ。

そうなのですよ。
まさに。

大学の後半は、ほとんど、言語化の能力というのを私はひたすら追い求めていた(気がする)。
それは、それですごく必要なことだったけれど、今はまだ、言葉を使った表現者になるには言葉が足りないし、また違うツールを使った表現者になるには言葉に頼りすぎている気がする。

どちらかを磨くとしたら、そろそろ決めねばならない時期なのかもね。




まぁ、最近は、いろいろなことの反動でしょうか、田坂広志のよく言う、らせん状の弁証法(正確にはなんだか忘れてしまったけれど)的な進化が自分の中で起きているのがすごくよく分かります。

自分の後ろに続く、あれは、やだからこっち、ちょっとなんか違うからあっち、というやり方の変容というか、しかしやっぱり、あれの中でもこの部分は私にあっていたな、とか、やっぱりこっちもここはこう変えるべきだ、とか、いっぱいでてきて、今一生懸命自分のスタイルを作ろうしている、そんな気がします。
社会起業に出会ったのも、政治→ビジネスのジンテーゼだったわけだけど、この繰り返しは、ほんと果てしない。




積み重ねた経験の否定ではなく、その中から意味のあるものを掬い取り、再構成して、、、そんなことを繰り返しながら自分の人生を創っている、そんなイメージです。

うぅ、もう少しで、次が見えそうな気がするの。
ほんと、苦しい。