タイトル:密林の語り部(岩波文庫)
作者:バルガス=リョサ(Wikipedia)
訳者:西村英一郎
ラテンアメリカ文学で最初に手にした本は、リョサの作品だった。2010年、オフィスがあまりにも遠すぎた私はヒルサイドライブラリーに通っていて、そこで、本棚にバルガス=リョサの受賞の記事をみつけたのがそもそもマルケスを含むラ米の小説に触れるきっかけになったのをよく覚えている。そのとき「都会と犬ども」はものの数ページで挫折したのだけど、リョサの本はいつか絶対に読みたかったので、「密林の語り部」も岩波文庫で刊行されたときに買って、これも最初の方の章で挫折していわゆる積ん読になっていた。
10月中は仕事の関係でほとんど本を、とりわけフィクションを読んでいなくて、いくつか10月中に買って仕事が一段落したら読もうと思っていた本はいくつかあったのだけど、急に「密林の語り部」を読み通せるような気分がやってきて再び読み始めた。
フィクションとは言っても、おそらく、ペルーの密林に住む部族のことはほとんどが実際の研究やフィールドワーク資料などに基づいているのだろう。主に描かれているマチゲンガ族の風習や考え方、伝説、魔術の類いの話は示唆深く、彼らの生活が西欧スペイン語文化に浸食されていく様は何度も何度も論じられている現実の問題としても興味深く読むことができる。しかしもちろん、読み進めると最後に物語の急展開が待っている。どこかで読みながら気がついていたのかもしれないけれど、やはりその事実が明確になってくると驚くようなことで、フィクションとしても最高の物語であると唸らずにはいられない。
この本を読み切るための難関は、なんといっても、3章からの文章の読みにくさだろう。ほとんどネタバレになってしまうのだけど、1章イントロと2章の書き手の「私」の文章に続く、3章以降の「私」はどうやら2章の「私」ではないことが分かるのだが、誰の言葉なのかがよく分からない。マチゲンガ族の伝説にも精通しているのだが、時折彼らを客観視している様子が伝わってくる。これが一体誰なのかということが分かったときに、驚嘆と納得、嬉しさと寂しさ、いろいろな感情が襲ってくる。うわぁっ!と、2章の「私」と同じ感動を読み手は味わうことができる。
リョサがノーベル文学賞を獲った年だったかに、来日して東大で講演をしたのを聴いたのだけど、彼は嘘の世界を作ることで現実の問題をあぶり出したいというようなことを言っていたように思う(曖昧)。まさに、この作品も、単に密林と西欧化の問題に限らず、国を超えた民族という大きな問題までを包含する大きな問題提起と洞察がされており、一人の人がこれだけの密度の作品を書ききるということに敬服の念を禁じ得ない。
マルケスはラテンアメリカ文学ブームを牽引した功績が加味されているような気がするけれど、リョサは非常に優れた作家としてノーベル賞を獲ったのだと納得。人類学的な話が好きなら、テーマもおもしろく、文庫1冊で完結している長さを含めて、リョサの作品だと取りかかりやすい本だと思うのでおすすめしたいです。
とにかく、素晴らしい本で、Amazonのレビューを見たら、7人のレビュワー全員が★5つをつけていて、やはりな…と言った感じ。本当に読んでよかったと思える作品でした。
次は「緑の家」読みたいな…。
作者:バルガス=リョサ(Wikipedia)
訳者:西村英一郎
「それに……」と、シュネル氏は言った。「語り部は、現在の頼りだけを持ってくるのではないという気がする。昔のことも話す。たぶん、共同体の記憶でもある。おそらく中世の吟遊詩人や歌人に似た役割を果たしているんだよ」
ラテンアメリカ文学で最初に手にした本は、リョサの作品だった。2010年、オフィスがあまりにも遠すぎた私はヒルサイドライブラリーに通っていて、そこで、本棚にバルガス=リョサの受賞の記事をみつけたのがそもそもマルケスを含むラ米の小説に触れるきっかけになったのをよく覚えている。そのとき「都会と犬ども」はものの数ページで挫折したのだけど、リョサの本はいつか絶対に読みたかったので、「密林の語り部」も岩波文庫で刊行されたときに買って、これも最初の方の章で挫折していわゆる積ん読になっていた。
10月中は仕事の関係でほとんど本を、とりわけフィクションを読んでいなくて、いくつか10月中に買って仕事が一段落したら読もうと思っていた本はいくつかあったのだけど、急に「密林の語り部」を読み通せるような気分がやってきて再び読み始めた。
フィクションとは言っても、おそらく、ペルーの密林に住む部族のことはほとんどが実際の研究やフィールドワーク資料などに基づいているのだろう。主に描かれているマチゲンガ族の風習や考え方、伝説、魔術の類いの話は示唆深く、彼らの生活が西欧スペイン語文化に浸食されていく様は何度も何度も論じられている現実の問題としても興味深く読むことができる。しかしもちろん、読み進めると最後に物語の急展開が待っている。どこかで読みながら気がついていたのかもしれないけれど、やはりその事実が明確になってくると驚くようなことで、フィクションとしても最高の物語であると唸らずにはいられない。
この本を読み切るための難関は、なんといっても、3章からの文章の読みにくさだろう。ほとんどネタバレになってしまうのだけど、1章イントロと2章の書き手の「私」の文章に続く、3章以降の「私」はどうやら2章の「私」ではないことが分かるのだが、誰の言葉なのかがよく分からない。マチゲンガ族の伝説にも精通しているのだが、時折彼らを客観視している様子が伝わってくる。これが一体誰なのかということが分かったときに、驚嘆と納得、嬉しさと寂しさ、いろいろな感情が襲ってくる。うわぁっ!と、2章の「私」と同じ感動を読み手は味わうことができる。
リョサがノーベル文学賞を獲った年だったかに、来日して東大で講演をしたのを聴いたのだけど、彼は嘘の世界を作ることで現実の問題をあぶり出したいというようなことを言っていたように思う(曖昧)。まさに、この作品も、単に密林と西欧化の問題に限らず、国を超えた民族という大きな問題までを包含する大きな問題提起と洞察がされており、一人の人がこれだけの密度の作品を書ききるということに敬服の念を禁じ得ない。
マルケスはラテンアメリカ文学ブームを牽引した功績が加味されているような気がするけれど、リョサは非常に優れた作家としてノーベル賞を獲ったのだと納得。人類学的な話が好きなら、テーマもおもしろく、文庫1冊で完結している長さを含めて、リョサの作品だと取りかかりやすい本だと思うのでおすすめしたいです。
とにかく、素晴らしい本で、Amazonのレビューを見たら、7人のレビュワー全員が★5つをつけていて、やはりな…と言った感じ。本当に読んでよかったと思える作品でした。
