2013年5月12日日曜日

Book Review: ものすごくうるさくて、ありえないほど近い


タイトル:ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(NHK出版)
作者:ジョナサン・サフラン・フォア(Wikipedia
訳者:近藤隆文

少し前のことだが、3月の頭に六本木で開催された、「文芸フェスティバル」の一つのセッションに行ってきた。『恥辱』のクッツェーや、谷川俊太郎の自作の朗読と、翻訳家の柴田元幸氏のコーディネートで『TOKYO YEAR ZERO』のデイヴィッド・ピース氏、『乳と卵』などで有名な川上未映子氏、そして『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』のジョナサン・サフラン・フォア氏の対談セッション。

恥辱は、先日レビューした通りで、川上未映子氏のいくつかの作品とTOKYO YEAR ZEROは読んだことがあって(谷川俊太郎氏の詩については言わずもがな。柴田氏の翻訳作品にも数えきれないほどお世話になっている!)、フォア氏の本だけ読んだことがなかったのだけど、文芸フェスティバルの対談の中で一番心動かされたフォア氏のお話だったので、彼の作品も読んでみることにした。

本の感想の前に、セッションで受けた印象を先に述べておくと、ジョナサン・サフラン・フォアという人は、非常に純粋な人という印象だった。

作家としての彼のスタンスは次の通り。「作品にはメッセージもなければ、問題の解決の糸口の方向性どころか提起しようという気もない。自分が書いたものが誰かに共感されることが、ブロガーや作家との一番の違いであり、作品を書ける幸せだ」、とも。

なんともかっこいいコメント。

作家本人の口からコメントされた本について読むのはなかなかできない体験なわけだが、ひとまず作品にはフォア氏本人の言葉を念頭に置きながらも、作品に没頭することが可能な、小説として十分に満足な経験を提供してくれる本だったと思うし、読みやすくてなおかつ実験的な文章を楽しむこともできる素晴らしい作品だった。彼のファンになった。

「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」は、911のテロで父親をなくした9歳の少年オスカーが、父親の部屋にあった鍵が開くものを探してニューヨーク中の「Black」さんを訪ねて回るというお話。

話は少年の冒険が中心だが、WWⅡ中のドレスデンの爆撃を経験した祖父母の手記も交りながら、大切な人を失った人々がいかに生きていこうとするのかが描かれている。途中ほんの見開き程度の分量だが広島の原爆投下の描写もあり、この話が911後の特別なストーリーではなく、日本においては311も含むある種の受け入れがたい国民的な出来事による喪失と回復への道のりが普遍的なものであると示唆されている。

けれど、何よりもこの本で心動かされるのはオスカーの息苦しくなるほどの健気さであり、それを見守る大人たちの優しさとオスカーへの愛、そして人間味あふれる身勝手さだ。人は本当に身勝手で、そして愛情深くなることができる不思議な生き物だとじんわりと教えてくれる。人って愛しい!文学って素晴らしい!!

もう一点、この本で特筆すべきなのは、インターフェイスが読み手に与える影響に徹底的にこだわっていること。本の制約に日々いかに囚われているかということに気づかされる。ストーリーとは別のところで、おぉ!と、その効果的な使い方に感動して叫んでしまう自分がいたりもした。

ちなみに、映画も見たけれど、こちらも素晴らしい作品なのでおすすめ。でも、時間があるならぜひ本の方を読んで欲しい。

 

*フォア氏のTree of Codesという作品の紹介ビデオ。こちらも斬新でとてもおもしろそうです。

2013年5月6日月曜日

Book Review: 若い芸術家の肖像


タイトル:若い芸術家の肖像(新潮文庫)
作者:ジョイス(Wikipedia
訳者:丸谷才一
ぼくの魂は、少年時代という墓場から立ちあがり、その屍衣をぬぎ捨てた。そうだ!そうなのだ!同じ名を持つ偉大な工匠のように、魂の自由と力から誇らかに創造しなければならぬ。生けるものを、新しく天翔ける美しいもの、精妙にしてしかも亡ぶことのないものを。
海外の文学作品を読むのは大好きなのだけれど、あまり体系的にその系譜などを学んたことがない私にとっては(というか、そういう解説などの本をあまり大人しくよむことができない)、作中で引用されていた作品やパロディなどから、世界の作家たちがどんな本を読んでいるのかを探っていく感じに次に読みたい本を決めていく節があって、ジョイスという偉大なアイルランド人作家がいるらしい、「ユリシーズ」というのは名作らしい、といろいろな本を読むにつれ了解されてきたので、さすがに名前ぐらいは知っているこの本に取り掛かろうかと思ったのだけれど、アマゾンで調査したところ1,000円を超える分厚いに違いない文庫が4冊もあり、尻込みしていた。

ならば、まずはジョイスとの相性を知ってからこの大作に挑んだほうがよいだろう、ということで手にしたのが「若い芸術家の肖像」だった。

主人公スティーヴンのアイルランドでの幼少期から大学生時代までを描き、この感じやすい少年が厳格なカトリックの教育を受けながらも、その思想との折り合いに悩み、芸術への道を志す旅に出るまでを描いている。

驚いたのは、この作品の完成度の高さだ。ジョイスの最高峰はユリシーズだと思っていたのに…。文体の美しさは訳者の功労も大きいのだろうが、才能がある天性の作家の文体であることを主張しながらも、巧妙なバランス感が全体を通して感じられる。ストーリー自体は手が込んだものではないけれど、それ故に作品としての芸術性の高さ、小説としての完成度の高さを見せつけてくれてる。

これぞヨーロッパの文学の醍醐味、といった感じ。

それから、この少年の感じやすさ、啖呵の切り方、もう自分に重ねちゃって共感しまくりでした。カトリックの教育(私のはそんな厳格じゃないけど)を受けながらも、否定はせずとも自分の信仰として受け入れることへの抵抗感や、少年時代のためらいがちな人間関係の作り方、頭で考え過ぎたために起こる社会への無駄な対抗心などなど…。

いつも思うのだけど、こういう芸術家志望な青年に似ていると思うのは、読者の誰でも自分の若い頃に似ていると感じるのか、それとも、私が本当にこういう傾向があるのか、どっちなんだろう…、と。

いずれにせよ、こんな本に出会えて私は嬉しい。



新訳も出てる!
読み比べとかしてないのでどちらがいいかとかは、分からないけれど。