2013年4月25日木曜日

Book Review: abさんご


タイトル:abさんご(文藝春秋)
作者:黒田夏子(Wikipedia
道が岐れるところにくると、小児が目をつぶってこまのようにまわる.ぐうぜん止まったほうへ行こうというつもりなのだが,どちらへだかあいまいな向きのことも多く,ふたりでわらいもつれながらやりなおされる.目をとじた者にさまざまな匂いがあふれよせた.aの道からもbの道からもあふれよせた.
75歳での芥川賞受賞作ということで前から気になっていたのだけど、本屋でみつけて、その帯に映る著者ご本人の写真に魅せられて思わず買ってしまった。

内容は、母親を早くになくした子と父親の生活が家事がかりによって徐々に、大きく変わっていく様子を描いているもの。

思い出のシーン(断片)を描き出すことによってその全貌が少しずつ見えてくるという構成で、文章も非常に独特なのですらすらと読める類の本ではない。けれど、文章は丁寧に書かれたものであることが伝わってくるし、一つひとつの章が子どもの頃に見ていた世界や空気感をうまく捉えていて非常に懐かしい気持ちになれる。

さらに、本エントリーの冒頭に引用した文章、「abさんご」の最後の文章を読むと、人生(あるいは、人生の記憶)への著者の全面的な肯定と愛を感じて幸せな気分になれる。

2013年4月13日土曜日

Book Review: パズル・パレス

タイトル:パズル・パレス(角川文庫)
作者:ダン・ブラウン(Wikipedia
訳者:越前 敏弥、熊谷 千寿
スーザンはしばし黙考した。はっきりとは指摘できないものの、何かがちがう気がしてならない。タンカドは明快さゆえに高く評価されていたい。その論証やプログラムは、どれも明快にして唯一無二のものだった。スペースを省かなくてはいけないというのはどうも奇妙だ。些細なこととはいえ、それは欠陥であり、けっして明快とは言えない。自分の思い描く、エンセイ・タンカドの究極の一撃とはちがう。
小説、映画ともに大ヒットとなった「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」で有名なダン・ブラウンの処女作。

NSA(国家安全保障局)の巨大暗号解読機「トランスレーター」は世界中のあらゆる情報を傍受し、解読を行い世界が混沌に陥るのを防いでいた。そんな中、「トランスレーター」では解読が不可能な「デジタル・フォートレス」が元NSA職員のエンセイ・タンカドによって実装され世の中にでまわろうとしていた。それを阻止すべく、NSAの暗号解読官スーザンとNSA副長官のストラスモア、スーザンのボーイフレンドで大学教授のデイヴィッドが緊迫感の高い状況の中で「デジタル・フォートレス」の全世界への公開を阻止しようとするが、ストラスモアには秘密があって、スーザン、デイヴィッドは窮地に陥る。

と言った感じのあらすじなのですが、文庫上下巻をあっという間に読めてしまうスリル感とおもしろさはこの頃から健在!!

人間は、誰しも弱みを持っており、そのことで人生をかけて築いてきた地位さえも危うくさせる間違った(あるいは、初めて自分に素直な)決断をすることで、ドラマが生まれるんだという、ちょっとした真理も含まれています。

2013年4月2日火曜日

アンティークは偶然に

家の近所にアンティークジュエリーを扱うお店があって、ほとんどお店を開けていないのだけど、ときたま開催されるセールに顔を出すのがここ数ヶ月のささやかだけれど大きな楽しみになっている。

お店との最初の出会いはひょんなことからだった。いつもはシャッターの閉まっているおしゃれな路面店で、店名からカフェか何かだと思っていたのだけれど、たまたま扉が見えたので中を覗きこんでみたら店主が内側からみつけてドアを開いてくれた。

そこで初めて、このお店がアンティークジュエリーや食器を扱うお店だということを知り、まるで小説の中のアンティークショップさならがの雰囲気と、ヨーロッパでブティックをしていそうな女店主の井出達に魅せられた。

セール期間中しかほとんど開いていないのもあって、セールのはがきが来るたびに訪問し、お茶とお菓子をいただきながら私に合いそうなものを見繕ってもらい、この2点が私の初アンティークジュエリーとなった。



最近のダイヤの代用品といえばキュービックジルコニアで、これはぱっと見ではダイヤモンドと見分けがつかないけれど、マーカサイトにはダイヤの「模造品」であることが明示的であるが故の遊び心がある。200年近く古いものなのに、おしゃれを楽しんでいる若い人の感性みたいなものが感じられてなかなかいい。

もうひとつ、アンティークジュエリーを手にして思ったことは、ものは世代を超えて所有者を変えて巡っていくのだということ。

最近はやりのビブリア古書堂じゃないけれど、このアクセサリーがどんなストーリーでここまで来たのか想像してみるとなんだかわくわくする。制作されたヨーロッパから遠く離れた極東まで旅してきたアクセサリー。

もちろんきれいなパッケージに入っている新品の指輪を買ってもらったら自分のものとして一生大事にしたいと思うけれど、世代を超えて私の手に渡ってきた明らかな「お古」のアクセサリーは私の手に渡るまでに何度もプレゼントになった特別なものかもしれなくて、そんなことを考えていると想像が尽きなくて、私の次の所有者もきっといるという確信も持てる。

* * *

後から分かったことには、お店が開いていても店主が店に出ていることは少なくあのときみつけてもらってドアを開いてもらったのは本当に偶然だったということ。

アンティークジュエリーショップだったらこういう感じだろうと思い描いて通りのお店だったので、そういうお店との出会い方だったらかくあるべしといったイメージ通りに偶然の出会いというおまけまでついていたのだろう。