彼女の名を呼んだのは、いつもの私ではなく、今日の経験の記憶を生々しく持つ私であった。独特の楽しさに裏付けられたその行動は、それはある種アート的な、偶然さえも作品に取り入れてしまう一流のアーティストの感覚に近かったのではないかとさえ思える。ともすると人生は、感覚さえ研ぎ澄ませれば、アーティスティックなシナリオをつむぎ続ける、ロマンチックな営みなのかもしれない。
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オペラシティの中を歩いていると、突然、誰かが私の腕をつかんだ。また鞄から物でも落としたか、と振り向くと大学一年の時に同じサークルにいた友達が笑っている。長身の彼女は、相変わらずの目じりの下がった優しい笑顔でにこにこしている。さっきまで一緒に飲んでいた知人にお先にどうぞと手で合図をし、私と友達はゆっくり歩きながら近況を報告しあった。驚くこともなかったが、落胆することもなく、駅までの楽しい数分間を過ごし、お互いの連絡先が変わっていないことを確かめて反対方向のホームへと降りて行った。
そのあと、私は、先ほど分かれた知人がホームにいるのを目で確かめ、ためらいながらも、また合流して、久しぶりの大学時代の友人だったことを報告した。さっきまで飲んでいたこの人たちとは、これからもっと仲良くなるだろうという楽しい予感を持っていたので、できるだけ率直に言葉を選び、一駅分、自分の進路とライフスタイルについて話をして、そして別れを告げた。
新宿駅で、京王新線の長いエスカレーターを登りながら、今日の楽しかったイベントのことと久しぶりの気の置けない友達との会話にすっかり気分をよくした私は、ふらーっとLUMINEのブックファーストに向かいほどほどにはやりの本をチェックして、お会計をすませると、新宿の東南口に向かった。ほろ酔い気分と、暑さのせいでなんだかふわふわした気分で歩いていると、よく見知った顔がある。左手に、幼稚園から同じ学校で学んだ友達が立っているではないか。まさか、さっき知り合いにばったり会っただけで、その偶然に喜んだのに今夜はもう一つ偶然が起きるなんて。声をかけるか、迷った瞬間に、初台で腕をぐいとつかまれた感触を思い出す。あれは、確かに唐突だったけれど、なんとも言えない楽しさを私に与えてくれたではないか。
私は彼女のもう20年近く呼びなれたあだ名を呼び、その友達に近づいて行った。その次に訪れる、なんとも言えない楽しい時間をもう一度味わうために。
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今日の楽しかった偶然をストーリー風にまとめました。
大量に送った暑中お見舞いたちも届き始め、いろんな方からメールが舞い込み、なんだかうれしいこといっぱいの日です。