2009年5月19日火曜日

池田亮司展 +/?[the infinite between 0 and 1] 


久しぶりの美術館。

東京都現代美術館で開催されている、池田亮司展 +/?[the infinite between 0 and 1] を見てきました。

展示物は、非常に少なかったのだけど、空間全体を使ったサウンドインスタレーションでかなりのインパクトがありました。

ちなみに、難易度高し。

一階は全体的に黒い部屋で、壁一面に映し出された映像の部屋。

スクリーンに映し出される映像によって、かなりの緊張状態を強いられる作品でした。

途中、冷や汗出てきたし。

地下の作品は、逆に真っ白の部屋の中の展示で、黒い部屋が動的に常に映像を変えていたのに対し、非常に静的なものでした。

こっちは、音を空間にあふれさせている、という感じ。

私は、どちらかというと白い部屋のが好きで、音が場所によって変わるのを感じるながら歩くのが最高に楽しかったです。

あーでも、できれば電子音みたいじゃないので、音のが織り成されたり、途切れたりするのを感じたかったな。

電子的なインスタレーションは、嫌いではないのだけど、長くは浸ってられないなぁ、と改めて実感。

どんな空間が好きか、と言われるとやっぱり、西洋のカトリック教会の雰囲気とか、劇場の重たい空気とかが一番落ち着くし、身が引き締まるんですよね、私の場合は。

温かみがあってそれでいて、個を超越する力の存在を簡単に感じられる場所。







物事の感じ方や捉え方、興味を持つ視点ってほんとに様々でおもしろいな、と思った一日でした。

自分の想像もつかない世界に思いを馳せるのは、おもしろいよね。




2009年5月14日木曜日

これからの教育のあり方を考える:平田オリザ氏×藤原和博氏

民主党の主催する「公共政策プラットフォーム(プラトン)第61回イブニング・フォーラム」に参加し、「もっと大切なことがある」というテーマで平田オリザ氏と藤原和博氏のお話を伺ってきました。

たまたま先日平田さんの「演劇入門」という新書を読み直して、数十年前に書かれた本にも関わらず「対話」の重要性などを説かれていて、この人すごい!と思っていたので、とっても楽しみにしていました。

下記は、お話を聞きながらとったキーワードメモです。


平田さん:

  • 今「ものづくり」がもてはやされているのは、構造改革後にもたらされるノスタルジーに過ぎない。
  • これから、日本が生き残っていくためにはきめの細かい「サービス産業」を盛り上げていくしかない。
  • そこでは、体験に根付いた「人とどれだけ違うか」という差異が求められてくる。
  • ※鈴木さんの補足:工業社会からか情報社会への以降(同義反復の無価値化)を指していて、ハード、ソフト、ヒューマンウェアのインテグレーションという意味。

藤原さん:

  • 現代の教育は子どもを大人にしません!
  • 大人とは、下記の二つの要件を持ち合わせている人のこと
    • Role Play:素の自分と演技する自分がいる
    • 論理的思考力=Critical Thinking=複眼的思考

  • 日本は、子どもを子どものままにしていおいたほうが儲かる仕組みになっている。
  • 大衆消費社会に変わって、個別生産が主流となっていく。

平田さん:

  • これから求められるコミュニケーションは、差異を明らかにしつつ、どうしていくかを考える力=インプットはばらばらでいいが、アウトプットに向かって一定の時間に動き出さなければいけない。

鈴木さん:

  • 近代国民国家のロールとポストモダンのロールは変わってきてきているので、新しいロールを作っていかなければいけない。
  • みんなが強いとチェックアンドバランスは成り立つが、今はみんながFragileであるのでShare and Collaborationが必要となってくる。

藤原さん:

  • 所属する組織で自分を語らない。そのためには;
    • 今ある職業分類を教えない
    • 学校を核に地域を再生する地域本部を全国に創っていく。団塊の世代、大学生などを巻き込みながら、新しい生き様を子どもたちに見せていく。

  • 現在の核家族(少人数の家族)では、ロールが固定され、役割を演じ分けることができない。

平田さん:

  • これからゆるやかなネットワーク社会になっていく。
    • 「みんながみんなを知っている(強固な)社会」から「誰かが誰かを知っている社会」への転換

  • 演劇は、音楽、美術、制作など多くの居場所を作ることのできるもの。
    • 「たしなめる」という言葉や「そこをなんとか」というコミュニケーションのある社会。cf)ゲラダヒヒ
パーソナライズの時代の教育と

今回のお話を聞きながら思ったのは、様々なものがパーソナライズ化していくんだ!ということです。つい最近MITのビット・アンド・アトムズセンター所長のニール・ガーシェンフェルド氏が書いた「ものづくり革命」という本を読んだのですが、この副題はまさに「パーソナル・ファブリケーションの夜明け」というもの。大量生産の時代が終わって、個人個人が好きなものを自由にデザインし、作ることが可能になっていく時代が今始まらんとしている、ということが書かれていました。

それは、ツールはあるのだから、個人の価値観、経験に基づいた何か、あなたの欲しいものを自由に作っていいんですよ!という大変ありがたい時代であると同時、自分は一体何者で、一体何を作りたいのかということを問い続けなければいけない時代になったということでもあります。

教育は、パーソナルの重要性とのその活かし方を教えていく方向にシフトしていくはずです。

今の私たちの世代には徹底的にこの視点が抜け落ちている気がしています。というのも、右へならえで大学受験をし、そして、右へならえで就職活動し、、というように、既存の価値観のレールの上でしかキャリア選択を行えない人がほとんどだからです。

でも、本当は人ってもっと多様性のある生き物で、自分の演じるロールも、自分の必要とするものもそれぞれ違って、それでいいんだと思います。それを誰もが理解できる社会になったら本当に素晴らしいと思います。

そのために私ができること、しっかり考えていきます。

▼参考文献



▼藤原さんおススメの本



▼以前、読んだ平田さんの本