まずは、長崎空港から バスで市内に。平和記念公園の平和祈念像を見に行きました。右手は原爆を、左手は平和を表しているそうです。たくましい体とは対照的に菩薩のような顔。戦後80年に向けた式典などの準備のようなものが行われていました。
その後、原爆落下中心地を経由し、長崎原爆資料館へ。館への道すがらに平和の願う像や石碑が沢山設置されていました。
原爆資料館で印象に残ったのは、原爆の実物大の模型。あぁ、こんなものが落とされたのかと妙に戦争をリアルに感じてしまいました。展示は他にも熱で溶けたガラスの瓶、溶けてからまったロザリオ、表面が変化した石など…。もちろん当時の写真、被害者の証言など。
子どもは被害を受けた方々の写真は直視できないようでした。
その後、爆心地近くにあった浦上天主堂へ。再建の後、今でも信徒の集まる実際に使われている教会です。写真は、教会前に佇む原爆で残った聖人像。教会も大きな被害を受けたようすが一部こうして残ったものもあったのですね。
その後は出島を見学し、1日目の観光は終了です。
翌日は、朝一でグラバー園を見学、その後大浦天主堂へ。
こちらはキリシタン弾圧の後、「潜伏キリシタン」が「発見」(神父に信徒がキシスト教であることを伝える)が行われた教会で今は世界遺産となり観光施設となっています。
そして、長崎県美術館で「ゴヤからピカソ、そして長崎へ 芸術家が見た戦争のすがた」の展示を鑑賞。戦争の悲惨さを多角的に伝えるゴヤの連作などがありました。
美術館のもう一つの展示で出会ったのが福山雅治の「クスノキ」。今まできちんと聞いたことがなったのですが、長崎の原爆で残った「被爆樹木」をテーマにした曲なのだそうです。後世に語り継いでいきたい歌ですね。
* * *
長崎旅行が決まってから、長崎が舞台の小説ということで遠藤周作の『沈黙』を読んでいったのですが、そこに描かれていたのはキリシタン弾圧の話で、拷問や心理的な戦術で信仰を棄てることを迫られる様子でした。棄教を拒んだ殉教者数は2,000人にも上るとされているようです。
キリシタン弾圧と原爆の投下という、重たすぎる歴史の街を訪れて、確かに自分は平和ぼけしていのかもしれない、と感じました。「戦争の話を風化させてはいけない」という意味を体感した気がします。
旅先にある教会や神社でいつもなら「無事に帰れますように」程度のことしか祈らないのですが、今回ばかりは個人のことは隅において、この土地で犠牲になった人々の魂の安らぎと、二度と同じようなことが起きないようにと、教会に入る度にお祈りしている自分がいました。
* * *
同行者の中にはベビーカーもあったのですが、ベビーカーで回るにはなかなか厳しい観光地という印象でした。階段をスキップするための坂やスロープもあるのですが大回りしなければならなかったりと暑さも相まって過酷な旅行でした(実際、暑いからやめとこう…となった場所も。)。
歴史の勉強の始まる小学校高学年ぐらいからなら、より意義のある旅行になったかもしれません。



