2013年11月30日土曜日

Book Review: ペドロ・パラモ



タイトル:ペドロ・パラモ(岩波書店)
作者:フアン・ルルフォ(Wikipedia
訳者:杉山晃、増田善郎

最初は何気なくお風呂のおともにパラパラ読んでいたのだけど、読み終えたら適当に読んだことを後悔するぐらいおもしろかったので読み終えた次の日に再び通読してみた。結末やお話の大体の構成を頭に入れて読むと、一度目には気が付かなかった細かなことにろいろな含みがあって、と思わずにやけてしまうようなよくできたおもしろい本。

「ペドロ・パラモ」は、フアン・プレシアドが母親の死をきっかけに父親であるはずのペドロ・パラモを探しにコマラという街に行くところからお話が始まっている。

読み始めてすぐに気がつくのだけど、時系列順に話が進んでいかない上に、出てくる人物が生きているのか死んでいるのかも判別がつかない。死後の土の中での会話まで登場するのだから、生きているのか死んでいるのかもはや関係ないのかもしれない。

途中まで読み進めると親を見つけ出してどうのこうのという話ではないことが了解されて、一気に物語の展望が開けるというか「ペドロ・パラモ」はまさにペドロ・パラモという男の大河ドラマであり、彼の強い悲しみとともに死の街と化したコマラの物語であるということが分かってくる。

ペドロ・パラモは女好きでわがまま放題の息子(ミゲル)の悪事を知らんぷりしたり、好きな女のためにその父親を殺したり平気でやってのける大悪党なのだけど、これがなぜか憎めない。女好きの裏に隠されたスサナへの一途な思いやラテンアメリカ文学特有の死生観がペドロ・パラモを運命に翻弄される男という印象に仕立てているからだろう。

おそらく大変よく練られた小説で、小さな断片にも精緻な仕掛けが施されている。何度読んでも毎回新しい発見を喜べそうな本である。

練られているついでの若干こじつけっぽい感じではあるけれど、ペドロ・パラモには冒頭でペドロ・パラモを探そうとするフアンと、暴れ者で父親より先に死ぬミゲルと、最後にペドロ・パラモを刺す役回りのアブンディオの3人の「父親」であり、「ペドロ」がスペイン語で「父」を表すpadreを彷彿させると名前であることに思いを馳せるならば、ペドロ・パラモの人生とコマラの街の苦い一生に、より深く心を揺さぶられるだろう。